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2005.03.02 武田万里子さんのお話
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 「女神サミット」

 出雲に武田万里子さんという人がいる。

 万里子さんに初めてあったのは2003年の夏。岡山の友人に連れられて
出雲に遊びに行ったときに紹介され、一泊させていただいた。

 このとき、初対面にもかかわらず、ぼくたちは万里子さんから「女神サミ
ット」を開催することを伝えられた。それは2005年に開催したいとの意
向で、はじめに聞いたときはずいぶん先の話しをするなあ、と話半分にその
ときは終わった。

 それから出雲が気に入ったぼくたちは、年に何度も暇をみては万里子さん
を尋ね、そのたびに何泊かさせていただき、出雲でも人の行かないような聖
地や、地元のすばらしい芸術家や音楽家や、その他いろいろな人を紹介して
もらうようになっていった。

 そのたびに「女神サミット」の話しが出る。そのうち開催期日が決まった。
2005年5月3,4,5日のゴールデンウイーク。しばらくすると場所も
決まったという。出雲大社近くの大社文化プレイスうらら館。うらら館は大
ホールに600人、中ホールに200人、その他会議室やフリースペースな
どを含めて建物まるごと借り切るという。

■女神リーフの素材

 ある日、ぼくが20年来、リーフレットなどの販促物を作成する仕事をし
ていたことを万里子さんが知り、ぼくに宣伝用のリーフレットとホームペー
ジを作成してほしいとの依頼があった。なにかとても大切な行事だと感じて
いたので、ご奉仕で快くお手伝いさせていただくことを諒解した。

 ぼくはまず素材が揃うのを待った。まだ1年もあるね、まだ半年あるよ・
・・と悠長なことを言っているうちに、あれよあれよと3ヶ月前に迫る。し
かし未だに明確なプログラムも決まらず、趣旨文も決まらない。

 あるとき万里子さんにこう伝えた。ぼくは料理人と思ってください。おし
ながきと材料を揃えていただいたら、それらを調理するのがぼくのお役目で
す。おしながきもなく材料も揃わなければ、料理はできませんよ。新鮮な食
材なら、できるだけ手を加えないで、素材を引き立たせることができます。
とにかく良い材料をお願いします。

 こんな状況下であったが、この頃、ぼくはいつも不思議に思っていたこと
がある。それは、あちこちで「女神サミット」を5月にやるよ、と伝えると
「私もぜひ参加させてください」という。ぼくは不思議に思った。趣旨も決
まっていない、プログラムも決まっていない。決まっているのは名称と、日
時と、場所だけ。なのになぜか多くの人が「参加します」と言う。

 何も決まっていないのになぜ「参加します」というのか、ある女性にその
意味をたずねたら、何かが起こると思うから、何かがあると思うから参加し
たいと思うんです、と返事が返ってきた。直感的に何か、を感じているよう
なのである。その人たちに詳細を伝えるべく、早くリーフレットを仕上げな
ければ・・・。

 2月の初旬、万里子さんから電話があった。リーフレットを仕上げたいか
ら出雲に来て欲しいと。ぼくは、これは仕上がるまで帰らないつもりで行か
なければならないなあ、と覚悟をして出雲に向かった。高速バスで出雲市駅
に着くと、ご主人の幸男さんが車で迎えに来てくれていた。

 このとき、趣旨文はおろか、表紙に使う素材、写真、プログラム詳細内容
の一切が揃っていない。在るのは在る。どこにあるかといえば、万里子さん
のハートの中にある。まずそれを解凍しなければどうしようもないことがわ
かってきた。

 これまで万里子さんは趣旨文を10回となく考え、書き記してはぼくたち
に見せてくれた。ぼくはその度にリライトのお手伝いをしながら、万里子さ
んの中にある真意ともいえる文章を引き出す努力をした。この作業だけでも
関わる人たちは悶々と前に進めずにいた。

■女神様のおためし

 万里子さんが女神サミットを開催担当することが決まったのは、天から、
「誰か開催しませんか〜」との声がかかったらしく、まっさきに一番最初に
ハ〜イと元気よく手を挙げたのが万里子さんだった。だから万里子さんが繰
り返し言うことは、これは自分の意志で開催するのではなく、女神様たちの
意志で開催されるもの。だから微塵でも私の思いを入れてはならないのです、
と。

 万里子さんはこの2年、とんでもないお試しの連続だった。何度か命を落
とすようなことにも遭遇している。ここまでしないと、万里子さんの自我と
いうものが取り去れないのかと、大きなお試しの連続に周りにいるぼくたち
もずいぶんと心配した。

 とても普通の人ならとっくの昔に放り出しているはずである。が、万里子
さんはこのために生まれてきたのだと言い、その覚悟はホンモノだと思った。
自我を取り去ったとき、女神様は自由に万里子さんを通して女神サミットを
実現できる。

 万里子さんは普通の主婦である。ご主人と3人のお子さんはすでに成人し
ていて、ご主人のお母さんと同居している。今回の女神サミットも家族で創
り上げたいというのが願いだった。特別なものではなく、地に足のついた、
当たり前のことをカタチにしたいと。

 だからスピリチュアルなものではなく、地元の人や子どもたちも楽しめる
空間づくり。女神サミットと聞くと、なんだかあやしい人たちが特別なこと
をするように捉えられてしまいそうだが、あくまでも地元に根ざした、地元
から世界に発信するお祭り。

■リーフレットづくりの準備

 さて、出雲に着いた当日の夜、万里子さんの家族とその友人数名で、さて
どうしますか?と話し合う。どうしますか?って、もう3ヶ月もないのに・
・・。万里子さんは恥ずかしそうに、趣旨文を作ったのだけど、と言って見
せてくれた。ぼくは一読させていただいて、ああ、ようやく万里子さんらし
い文章が出てきた、これなら使えると思った。

 ぼくはさっそく持参していたiBook(Mac)の電源を入れ、表面に入れる
素材、裏面に入れる素材を一気にはめ込み、カタチを作っていった。表面 に
使うイメージとして、翌日、出雲の写真を撮っている地元のフォトグラファ
ーに会い、使える写真を打診することになっていた。

■素材集め

 翌朝早く目が覚めた。ふとんの中で朦朧としている意識に、「素材はひだ
まりにある」というメッセージのようなものがあった。なんだかよくわから
ないまま、ぼくはもう一度眠りについた。そのまま朝寝坊したぼくは、地元
のフォトグラファーに会いに行く時間が迫っていたので急いで準備をし、幸
男さんと万里子さんの3人で向かった。

 フォトグラファーの板垣さんはとても気さくな人で、女神サミットにとて
も興味を持っていただけたようで、素材を提供していただけることの了承を
得た。さっそく帰宅し、ぼくたちは内容を詰める作業にとりかかった。揃っ
た素材をデザイン処理していき、裏面はほぼカタチが整った。

 表面は板垣さんの写真をいろいろと入れ替えてみるが、どうもしっくりこ
ない。時計を見るとすでに夜の12時をまわっている。みんなヘトヘトにな
った。ぼくはみんなに提案した。ちょっと発想を変えて考えてみませんか、
と。いろいろと冗談交じりの会話でリラックスした。

 そのときぼくは、フト、明け方に浮かんだ「素材はひだまりにある」とい
うメッセージのことを思い出した。だめでもともと、ぼくはみんなにそのこ
とを告げてみた。

■ひだまり

 「ひだまり」とは万里子さんが7年前から開放している癒しの場である。
万里子さんに話を聞いて欲しい人たちが訪れる。万里子さんはだただたその
人たちの話を聞いてあげるだけ、ただ一緒に泣いてあげるだけ、ただ抱きし
めてあげるだけ、こうして多くの人が癒されてきた。

 ご存じの方も多いと思うが、「森のイスキア」の佐藤初女さんという女性
がいる。初女さんは万里子さんに、ぜひ「イスキア」の名前を出雲で使って
くださいと言われたそうである。万里子さんはそのときはありがたくいただ
くことにした。でも、後から本心で喜んでいない自分がいることに気づいた。
まだ早いと思ったそうである。

 しかし機が熟したのか、ようやく心底、初女さんの心が理解でるようにな
り、今年の万里子さんの誕生日2月22日から「出雲イスキアひだまり」と
して、この空間が再スタートした。

■素材はひだまりにある

 「ひだまり」には、いろいろな絵や写真や本などのすばらしいものがたく
さんある。「素材はひだまりにある」。みんなで連想ゲームが始まった。あ
れでもない、これでもない・・・。そのとき、万里子さんがもしかしてあの
絵じゃないよね、というようなことを言われた。あの絵という言葉でぼくも
ピンときた。

 でもあの絵はあまりにインパクトが強く、強烈すぎるので女神にはどうか
なあ、というのがみんなの共通した意見だったと思う。この絵はあまりにも
強烈なエネルギーを放っているので、少し前まで門外不出だった。ようやく
出してもいい時期が来たとのことで、ぼくも1年ほど前に初めて見せていた
だいた。

 このときぼくはこの絵を正面から見ることができなかった。あまりにもエ
ネルギーが強いので斜めから見せていただいた。同行していた女性は正面 か
らは見れないので額の裏からエネルギーだけを感じていたほどである。人に
よっては気分が悪くなったり、頭が割れそうになったりするそうである。今
はすでに解き放たれているので大丈夫。

 この絵は「ソスー、サスー」といって、ある星からの愛のエネルギーを表
現したものだそうである。

 ぼくたちは恐る恐る、この絵をダメモトを覚悟で表面に入れてみることに
した。絵はひだまりにあるので、翌朝写真を撮って、ということになってい
たが、たまたま撮影していたものがあることがわかり、さっそく画像に万里
子さんの義理の妹さんに書いてもらった「女神さみっと」の文字を合成し、
はめ込んでみた。

 黒をバックにして、真っ赤な太陽のようなイラスト。ぼくたちは一瞬凍り
付いた。全員がこれだ〜、と叫んだ。ぼくは一気にレイアウトを進めて10
分で仕上げた。ぼくたちは手を取り合って喜んだ。

 このとき全員が確信したのは、「すべては準備されている」「すべては整
っている」ということ。ぼくたちがヘトヘトになって、自我を無くしたとき
に、それは目の前に現れる。

 今まで何のカタチもなかったものが、この2日間で仕上がった。驚異的な
速さである。ぼくたちは満足して、すでに事を終えたように思った。しかし
まだ、出演者も確定しておらず、イベントのプログラムも未確定。とりあえ
ず、変更がきくように大ざっぱなプログラムのみ公表することになった。

■女神リーフ印刷

 女神リーフづくりのお役目を終えて、胸をなで下ろしながら岡山への高速
バスに乗った。そして2日後には印刷所に入稿することになった。インター
ネットでの格安印刷を1万枚発注。

 この日ぼくは仕事で県北に取材撮影が入っていたため、入稿の準備をして
インターネットでデータを送信して家を飛び出した。もうあとは仕上がるの
を待つのみ。ほっとひと息ついていたところに携帯が鳴った。万里子さんか
らだった。

 リーフレットの表面のメインになるイラストの仕上がりの色が気になると
のこと。できるだけ原画に近い仕上がりにしたいというのが万里子さんの意
向だった。しかし、たぶん、格安印刷では色校正もできないため、思い通 り
の色には仕上がってこないのはだいたい想像できた。

 ぼくは万里子さんに、今ならば発注をキャンセルできますよ、と伝え、も
し原画に近い仕上がりを希望するなら、最寄りの印刷所に持ち込んで色校正
をして納得のいくものに仕上げることをすすめた。でもこの方法で印刷する
と、費用は数倍かかってしまう。

 万里子さんはすぐ近くの印刷所に相談に行った。そこで分かったのは、原
画に近い印刷をするためには、印刷の原色(シアン、イエロー、マゼンタ、
ブラック)+特色印刷が必要だと言われた。万里子さんは躊躇することなく、
原画を専門のカメラマンにポジ撮影してもらい、色校正を出して印刷するこ
とを選んだ。

 この絵は、愛の波動を発信している。だからこの絵を見た人のすべてに愛
の波動が届く。女神サミットに参加できない人にも、このリーフレットを届
けることによって、愛が届く。そしてそれぞれの心の中に宿った女神(母性)
が開かれる。このリーフレットはそこまでの大きな働きを持っていることが
分かってきた。

■沖縄行きに向けて

 ぼくが出雲を後にした日からちょうど2週間後、万里子さんとJさんとぼ
くは、沖縄に行くことになっている。島根と沖縄は「根の国」としてつなが
っているそうなのである。万里子さんは直感で導かれるままに動く。今回の
沖縄行きも同様。沖縄の女神様からの祝福のメッセージがあるとのことで、
ごあいさつに行くことになったのである。

 なにか尋常でない旅になる予感がするが、なんとか沖縄に女神リーフを間
に合わせて持っていこう、ということで、最後の追い込みにかかった。

 沖縄行きも5日後に近づいたとき、すでに印刷所に発注して色校正を終え
るだけになった。ぼくもすっかり安心しきっているところに、万里子さんか
ら電話がかかった。プログラムがあまりにも不明確で、これでは誰も興味を
示してくれないのではないかと、万里子さんは思い立ったたようである。

 沖縄に間に合わせるためには、印刷所には翌日午前9時には入稿しないと
間に合わない。ぼくはとにかく間に合うかどうかわからないけど、最善を尽
くしましょうと万里子さんに告げ、今決まっている出演者をメールで送って
もらった。

 正直言ってぼくはへとへとになった。もう制作作業を終えてぼくの手から
は離れ、あとは印刷にかけるだけと安心していたところに、最後のお試しの
ようだった。裏面のレイアウトを思い切って変えてみた。ぼくの判る範囲で
出演者を挿入し、とりあえずたたき台を作った。

 出来上がったものを万里子さんに送り、電話をかけたが通じず、ここ数日
の疲労が蓄積していた万里子さんは、ほんの少し仮眠をとっていたときだっ
た。二人とも徹夜を覚悟していたが、ぼくは連絡がとれないので仕方なく寝
ることにした。

 布団に入ってうとうとしかけたときに、万里子さんから電話があった。何
度話してもとりとめのない話になる。それはこの時点でメインゲストの方に
来ていただけることは決まっていたが、日時が決まっていないからである。
決まっていないものを考えてもどうしようもない。何日もその返事を待ち続
けている万里子さんも疲労困憊しつくしていた。

 二人ともぐったりして、ぼくは朦朧とした意識の中で、とても重い気分に
襲われた。とにかく印刷所への入稿は諦めることになり、しばらく仮眠をし
て朝を迎えた。もう投げ出したいような気分にさえなった。この心境のまま
では万里子さんとともに沖縄へ行けない。

 ぼくは部屋に籠もって瞑想を始めた。毎朝1時間、瞑想をしているおかげ
で心境が落ちつくのも早い。しばらくすると心地よい眠りに似た瞑想状態に
入った。意識が波のように寄せては返し、本心の自分が徐々に明らかになっ
てく。そして明らかになった意識で、沖縄へは予定通り行こうと心が決まっ
た。

 心はとても晴れやか、ふと我に返ると1時間以上経っている。目を開け、
立ち上がろうとしたとき、万里子さんから電話がかかった。けらけらと明る
い声で笑っている。「しばちゃん、すごいことが起こったよ。さっき三砂先
生から電話があって出演が確定したよ。それから、4月まで不確定だと言わ
れていた佐藤初女さんも来てくださるって、今電話があったの」。

 これはどういうことかというと、今まで何度も何度も打診していたが確定
しなかった2人のメインゲストから、ほぼ同時に連絡があり、さっきまで埋
まらないで悶々としていたプログラムが、一瞬のうちに確定した。あまりに
も突然のできごとに、二人で大笑いした。本当に不思議な体験だった。

 いよいよ最終入稿を終え、ぼくたち3人は沖縄への不思議な旅に出ること
になったのである。

(女神沖縄巡礼の旅につづく)

 
☆霊性の法則 その6‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 「すべては整っている」
 
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〜〜〜〜〜〜 女神サミット 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


日  時:2005年5月3日・4日・5日(ゴールデンウイーク)

場  所:3日   出雲大社町稲佐浜(いなさのはま)
           (出雲大社神迎え神事の浜であり、国引き神話の浜)
     4、5日 出雲大社町 文化プレイスうらら館

開催協力金:一口5,000円
      ※3日間の共通入場チケットを兼ねます
      ※高校生以下無料



イベント:
≪5月3日(火・祝)稲佐浜 16:00〜≫


〜母なる大地への祈り〜
奉納:出雲神楽、古代笛(樋野達夫)、天女の舞(浅野瑞穂)
 
≪5月4日(水・祝)うらら館≫

●女神と天使の光輝くハープコンサート 10:00〜11:30
  出演:エリック・バーグランド(ヒーリング・ハープ奏者)

●講演 「忘れられている女性の身体に”在る”力」13:30〜15:00
  講師:三砂 ちづる(津田塾大学教授、『オニババ化する女たち』著者)

●トーク&おむすび実演 「おむすびの祈り」16:00〜17:30
  講師:佐藤 初女 (森のイスキア)

≪5月5日(木・祝)うらら館≫

●映画「地球交響曲 第5番」上映 10:00〜12:30
  母なる星地球は、それ自体が一つの生命体である

●女神の響き 音魂ワークショップ 13:00〜13:40
  出演:小嶋 さちほ (ライア竪琴)

●エンディングコンサート 14:00〜17:30
  ○コンサート出演:奈良 裕之 (民族楽器演奏)
           山根 麻以 (歌と演奏)
  ○映像と朗読のコラボレーション
   物語「メッセンジャー」
   作・星人玉和/朗読・佐々木恵美子

【うらら館 5月4,5日共通】

●出雲の葦で古代の葦舟造り 製作・3日、4日 展示5日

●さまざまなアーティストによる女神作品の展示 
荒川夏染、中山裕那、西田マコ、杉山元裕、秋山峰男、板垣宏、
ふくだやよい、小田まゆみ、岡澤優明子、他にも女神作品多数展示

●アート映像や音楽によるヒーリング・コンサート

●フリースペースのパフォーマンス(歌、踊り他)

●出雲のおいしいコーナー
 < オープンカフェ> 出雲美人ぜんさい、玄米コーヒー、他
 < おむすびころりんスペース> 縁結びおむすび

●おすすめグッズスペース
 < 書籍、CD、ポストカード、クリスタルソルト、ランプ他> 

女神サミットはHPリンクを歓迎いたします。リンクはご自由にどうぞ。
http://megami-summit.org

 

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