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2005.03.14 沖縄聖地巡礼のお話
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「沖縄聖地巡礼の旅」その1
■沖縄巡礼1日目のはじまり
2005年2月21日、女神サミットを主催する武田万里子さんと岡山のJさんとぼくの3人は、南国とは思えない寒さの沖縄・那覇空港に降り立った。
常夏の国、青い空と白い雲、透き通るようなマリンブルーの海・・・。飛行機の窓から見下ろす風景は、ぼくたちがイメージしていた沖縄とはほど遠い寒々としたものであった。
ゲートを出ると神人(かみんちゅう)の比嘉良丸さんが出迎えてくれた。ぼくたち3人は昨年の夏に出雲で会っているので約半年ぶりの再会となる。
これから向かう聖地は、山越え、谷越え、崖を下り、洞窟に潜入し、海に潜り・・・と、尋常ではない行程であると、すでに聖地巡りを体験している友人から脅されていたので、ぼくは弱点のひざを鍛えるために、吉備の国の小高い山々を何度かウオーミングアップのつもりで上り下りしていた。
おのおのトイレで作業服のような軽装に着替えて、比嘉さんの四輪駆動車に乗り込んだ。覚悟はよいか〜という感じである。
■喜屋武岬(きゃんみさき)
比嘉さんが最初に連れて行ってくれた聖地は沖縄本島最南端に位置する喜屋武岬。ここには古代の城跡。あの本土決戦の際にはここで多くの命が地や海の藻くずと消え去っていた、痛ましい場所でもある。
ごつごつした岩肌の急斜面を少し下りると、潮でえぐられた洞窟があった。なんとも重たい空気を感じる場所というのが最初の印象だった。ぼくたちはその地の神々にあいさつをし、沖縄に来させていただいたことへのお礼をのべた。
比嘉さんは少し奥まった洞窟で瞑想するようにと言われた。メッセージが下りてくるから、それを心に留めておくようにと。メッセージが下りてくる、といっても、それは声が聞こえるのか、イメージが現れるのか、まったく想像もつかない。
ぼくはしばらく黙想し、感謝の言葉を何度も何度も唱え、心と体をこの地に同化させていく。そうして心が落ちついていくうちに、ある言葉が浮かんできた。これがメッセージなのか、ただぼくのなかにあった言葉がたまたま浮かんできたのか、まったく定かではないが、こんなイメージが湧いてきた。
「本心の光の柱を立てる」「それは波であり、スパイラルに放たれるもの」
何のことかぼくにはよく分からなかったが、そういうメッセージが下りてきた。
しばらくして比嘉さんは、何かメッセージはありましたか?とぼくたちに聞いたが、3人ともウンともスンとも言わず、その場を終えたが、それぞれにメッセージがあったようである。
メッセージといっても、ほんとうは自分の中にある情報を思い出した、自分が今気になっていることが心によぎった、そういうものかもしれないし、もしかすると勝手な思い込みかもしれないし・・・。そのあたりは微妙だ。
比嘉さんにはすでに誰にどういうメッセージが下りてきているか、全部わかっているそうである。ただ、そのメッセージを本人が気づいていないことも多いという。自分で受信し、自分で納得し、自分で実行することが大切とのことで、いらぬ
おせっかいは一切してくれない。
比嘉さんはこれから沖縄聖地を巡る心構えというか、全体像を少し話してくれた。
沖縄本土の南は足元にあたり、地固めに相当する。
北は頭であり、天地をつなぐもの。南北のタテが確立したとき地球でいう地軸になる。人も地球も、この地軸となるタテを確立しなければ、揺らいでしまうことになる。
このタテが確立したら、今度は東。東は使命を知るところ。自分が本当になすべきことを確認する。この命を何に捧げるかを知るところ。
そして西。西は実行する覚悟を得るところ。使命を知りながらもそれを妨げるもの、ブレーキ、言い訳、そいういうものを取り去る。
東西南北が確立したとき、はじめて人として命を活かす生き方ができる。それから東西は無いことを教えてくれた。地球は球体なので東西はない。使命がそのまま実行となり、実行がそのまま使命となる。
だいたいこんな感じの説明をしてくれた。南北120キロの本土聖地巡礼がこれから始まる。
■比嘉良丸さんのこと
比嘉良丸さんは沖縄なまりで、その愛嬌のある言葉づかいとやさしい顔つきとまん丸な体格が、安心と親しみを与えてくれる。
比嘉さんは、ぼくたちの聖地巡りが終わると、愛知県に巡礼の旅に出られることになっている。これから5年半をかけて日本全国に祈りの光の柱を立てるべく、全国巡礼のツアーを始められている。
災害を最小限に止め、愛で満たされた未来を迎えるために、まず自分の大切なものを神に捧げる。比嘉さんは食事を絶ち、命を捧げることによって神に祈っている。多いときで40数日間、水と塩と砂糖だけの祈りの生活をおくる。このときもすでに2週間ほど絶食されている最中だった。
全国巡礼ツアーは、1月に広島をスタートし、3月には愛媛、高知を巡る。月の2週間は全国巡礼の旅をし、あとの2週間は沖縄の聖地巡礼ツアーの案内役という、ハードな生活を送られている。その生活がこれから5年半つづく。
■玉泉洞
沖縄巡礼が始まったぼくたちは、平和の塔を経て、大渡海岸に向かった。この道すがら、戦争の悲惨さを物語る鎮魂碑が建てられている。ぼくたちは多くの犠牲となった魂の冥福と、礎となられた方々に感謝の祈りを捧げた。大渡海岸は、沖縄にはじめてこの地に住まう人たちが上陸した場所とのこと。
時計を見るとすでに3時を過ぎている。ぼくたちはお昼ご飯を食べていないことに気づき、近くの食堂でソーキそばを食べた。
その後、玉泉洞という聖地に向かう。ここは「珍珍洞」「満満洞」といって、巨大な男性器と後ろ姿で女性器を突き出す女性のリアルな鍾乳石をご神体とする場所である。陰陽和合により生み出される命、それを象徴しているように思う。
沖縄でも神がかる人がいて、この地でもある時、地の名士の息子が神がかった。彼は人が来るとパンツを脱ぎすて、お尻を突き出したり、男性器を見せたりするので気狂いと思われていた。ある日、比嘉さんのお母さま(神人)にその原因を祈ってもらったところ、珍珍洞、満満洞を神開きすべき啓示があることがわかり、お母さまがこの聖地を開かれた。
一度は正気に戻った息子さんだが、彼は神事(かみごと)をする使命を持っていたにもかかわらず、それを理解できない周囲の人たちが精神病院に入れ、薬漬けにしたため、天命をまっとうすることができなかった。
ぼくたちはこの珍珍洞で巨大な男根に手をあて瞑想するように言われた。ぼくは黙想し、しばらく感謝の言葉を何度も述べ、精神を澄ましたときにメッセージらしきものが下りてきた。
「パイプを太くせよ」
巨大な男根に手を当てているからか???
これも何のことか具体的にはぼくにも分からなかったが、心の光の柱のパイプを太くする、という意味ではないかと憶測した。
次にそのメッセージを持って、お母さまである満満洞に問うように言われた。そうすることによってまた新たなメッセージがあるという。黙想し、まず感謝の言葉を何度か述べ、瞑想しているとメッセージがあった。
「そのためには足元を固めること」
何のことだろう???
このメッセージはこれからのぼくの新しい道を開くキーワードになることを、この時点では自分でも気づいていなかった。この後に巡る聖地で、ぼくの使命が徐々に明らかになっていく。その序曲のようなメッセージだった。

「沖縄巡礼の旅」その2
■久高島へ(2日目)
沖縄2日目、しとしと降り出した霧雨の中、ぼくたちは久高島、世界遺産で有名な斎場御嶽(せいふぁうたき)
、その後、百名ビーチを巡礼して、小嶋さちほさんの八角堂での瞑想会に参加した。小嶋さちほさんは女神サミットでライア竪琴の演奏をしていただけることになっている。
沖縄初日の夜のこと、この日のことも詳細に記してはみたのだが、今回の旅行記の流れからして割愛させていただくことにした。また折りを見て公開したい。
■天の岩戸(3日目)
とんでもなく寒い沖縄に降り立ち、昨日の霧雨の久高島を巡礼し、ぼくたちが体感した沖縄の印象はグレーだった。が、この日、ようやく太陽が顔を出し、気温も上がってきてなんとなく沖縄という感じがしてきた。
ぼくたちは自宅裏にある聖地(傘軸、天の岩戸)を巡礼することになっている。
ここは比嘉さんのお母さまが、60年前に啓示で探し当てた琉球王朝時代の聖地として開かれた場所。開発の魔の手から守るために、お母さまが山ごと買い取ってお祀りしたそうだ。
ほんとうは沖縄本島の東西南北を巡った後に、本島のへそともいうべきこの聖地で最後の生まれ変わりを体験する。
しかし、今回は関西からのお客様があるとのことで、その方とご一緒することになった。その人は大元教に関係のある出口三平さんとおっしゃる方。それに野本三吉さんとおっしゃる大学の教授であり、作家である方と奥様。
ぼくたちは三平さんたちが来るまでに時間があったので、傘軸、龍神浜の2カ所を巡礼し、比嘉さん宅に戻ると、三平さんたちがすでに到着していた。しばらく歓談して、野本ご夫妻は残り、三平さんとぼくたち3人はカッパに長靴すがたで、比嘉さんに誘われて裏山の聖地「天の岩戸」へと向かった。
ここは沖縄市の町中にこんもりと残る鎮守の森。カギで閉ざされた扉を開き、真っ暗な洞窟の中へ、いざ! まさかこんなところに聖地があろうとは、誰も想像できないような場所だった。
ぼくたちは比嘉さんの後を追いながら一歩一歩踏みしめるように洞窟を下りていった。少し下りると、右手に大きな扉のような岩がある。この岩は一カ所で留まっており、その間に少しのすき間があるだけ。何かの拍子に閉じてしまうほどの、まるで天の岩戸そのものである。
比嘉さんは懐中電灯で中を照らし、慎重にハブがいないかどうかを確認する。以前、他の聖地でロウソクの火で中に入ろうとしたとき、熱に反応したハブが飛びかかってきたそうである。幸い噛まれずにすんだが、自然をなめてはいけないという啓示でもあったとのこと。
ぼくたちは一人ずつ後にしたがい、難所を這いずり、濡れた鍾乳石に足を何度も滑らせながら後を追った。しばらくすると行き止まり。比嘉さんは懐中電灯で天を舞う龍や、天と奈落の底を示す鍾乳石を照らしながら説明してくれた。ここはこの世の縮図、そのもの。
比嘉さんはここでしばらく目を開けたまま瞑想をするように言われた。懐中電灯を消すと、まったく光のない闇の世界。ぼくはこの世に闇という風景があることを、はじめて知った。そしてしばらく瞑想を続けると光が見えてくる。
光の無い闇に、光が見える。このとき、この世にほんとうの闇は存在しないことが分かった。
この聖地の、この場所には、ほんの数年前までは許された神人のみしか入れない場所だったとか。しかし、数年前に比嘉さんはご縁のある人を案内するようになった。他の神人たちは今まで自分たちが守ってきた聖地をけがされることを畏れた。
なぜ比嘉さんがここを開いたのか。それは、これからは「祓う」のではなく「浄化する」ときに入ったからだと説明してくれた。
この聖地の奥には、あるご神体がある。ここで願うことのすべては、それが権力であれ、お金であれ、全部かなってしまう場所。だから、もし間違った願いを持った人がここで願うと、とんでもないことになる。それを振り分け、祓う役目をしている龍頭がある。
■龍頭
次にこの場所にぼくたちは案内されたのだが、ほんとうにリアルな龍頭そのもの。ここで入り込む人を振り分けていた。もしその人が利己的な願いを持った人ならば、何らかの現象で先には進めないようになる。卒倒し、狂気に襲われる。
この龍頭のお役目は祓うことだった。だが、数年前に慈悲の化身としての龍頭になった。すべてを受け入れ、すべてを許し、すべてを浄化するはたらき。
ぼくたちは真っ暗な断崖を懐中電灯だけを頼りに這いつくばりながら岩を登り、龍頭のすぐ近くまでよじ登った。ここで比嘉さんは一人ずつ龍頭にまたがり、ほんとうの自分の願いを祈ってください、と言われた。
ぼくたちは一人一人順番に、裸足になって冷たい岩場を這いながら龍頭にまたがり、角を手でもって体をささえ、祈る。一歩間違えると崖底に転げ落ちて大けがするのは間違いない。そんな場所である。ここでも電気をすべて消し、まったくの闇の中で祈った。
■当たり前の生活
そしてぼくたちは、もっと洞窟の奥にあるご神体へと誘われた。このご神体は、長らくその場所にありながらも、比嘉さんのお母さまも気づかなかった。あるとき、ハッとこのご神体に気づき、ようやくこの世に姿を現されたとのこと。
リアルな女性器のカタチをしており、その上の岩がまるで妊婦のお腹そのもの。地面
には胎児と思われる岩がある。これを男性器とも捉えられるが、いずれにしろ、産みのはたらき、むすびのはたらきを示す。ぼくたちは厳かな気持ちになった。
比嘉さんは、ここで願うことはすべて叶います、だから良いことを願ってください、と念を押された。ぼくたちは一人一人、母にすがるようにそのご神体に抱きつき、祈った。比嘉さんはその背中に手をあて、それぞれに下りてきたメッセージを伝えてくれ、沖縄の民謡などを歌ってくれた。
ぼくはだいたいこんなことを伝えられた。
「修行の心を捨て、当たり前の生活を生き、その中に祈りをこめ、皆の見本となる生き方を彼にお与えください。祈りのある当たり前の生活。彼の使命がまっとうできますとともに、健康で、必要な衣食住が豊かに彼に与えられますことをお願いいたします」
というような感じのことだった。
比嘉さんはあとでこんなことを話してくれた。
「何か特別なことを追い求めている人がいますが、すべての人が当たり前に生活していれば、世の中は平和になります。必要な衣食住に満たされ、みなが笑顔で笑っている当たり前の生活。これが本当の平和です」
この話を聞いて、ぼくの本心はとても納得した。
ぼくは20代からずいぶんと心の放浪を続けてきて、何か特別なものがあるのではないかとずいぶん探し求めてきた。特別
な能力を持った人にもたくさんあったが、ぼくの探しているものとはどこか違っているように感じていた。
いろいろと見聞し、体験も積んできたが、結局その行き着いたところが今回のメッセージ「当たり前の生活」だった。「祈りのある当たり前の生活」。比嘉さんに言われて、何となく本心が納得したようなすがすがしい気分を味わった。ぼくはそこに行き着くためにいろいろと回り道をしていたような気がする。
世の中の多くの人が、これから特別な時代が来るかのごとく期待する人たちがいる。でも、もし特別
な能力を身に付け、縦横無尽に宇宙を飛び回れるようになったとしても、心が豊かでなければ、謙虚に祈る心がなければ、それは何の役にも立たない。
特別な能力が、争いに使われることになりかねない。一人一人が必要な衣食住に満たされ、必要以上を求める必要もなく、ニコニコと笑顔で互いに分かち合い、生きる。
「祈りと感謝のある、当たり前の生活」、
「当たり前の生活の中に、祈りがあること」、これが地軸になるのだと思う。
「祈りと感謝という地軸さえしっかりしていれば」、あとはそれぞれの天命をまっとうしていけばいい。天命を知り、それを実行する。これが横軸になる。「横軸はどんどん変化していくものであり、進化していくもの」。
ぼくたちは約3時間半を洞窟内の聖地で過ごし、夕刻迫る地上へと生まれ出た。まるで産道を通
ってきた胎児のようだった。

「沖縄巡礼の旅」その3
■竜宮城(4日目)
この日は快晴! ぼくたちは竜宮城という聖地に行った。場所は沖縄の西側にある真栄田岬。
ここはダイバーたちのメッカであり、駐車場はいろいろな人たちでごったがえしていた。
ぼくたちは人混みを避け、反対方向の浜へと崖を下りていくと、真っ青な海と空が広がっている。思わず、うお〜、と声を上げた。ようやく沖縄に来た!という感じがした。
しばらく浜辺を歩くと、ある洞窟にたどり着いた。入り口におおきな亀の岩があり、ほんと亀そっくり。
比嘉さんから、そこで瞑想するように言われた。おのおの気に入った場所を探し、瞑想に入った。聖地での瞑想もようやく慣れてきたが、ここでも頭によぎったのは「当たり前の生活」のことだった。そのことを考えた。考えていると洞窟の向こうに見える大海原が見えた。ぼくは一人、海の方へと向かい、しばらく空や、波や、風を感じた。
そしてフト思った。太陽の陽や、水や、波や、風や・・・、ああ、みんな当たり前な風景。いろいろと変化はするけれども、いつも当たり前にそこにある。でも無いとどうなるか、ぼくたち生物は生きることができない。
空気や水や、太陽や植物や、あって当然と思っているすべてが、当たり前であって、当たり前でない。そういう存在があって、生きている、生かされている。
ぼくはそういうふうに「当たり前」を生きればいいのだと思った。
そう思っているところに比嘉さんがやって来た。そしてそのことを伝えてみた。比嘉さんはすごいことに気が付きましたね、と言われた。大自然の聖地を巡るからこその気づきだと思った。黙っていても、自然が教えてくれる。
さて、その亀の鍾乳洞から、今度は隣の鍾乳洞へ抜けるトンネルを泳いで渡るように言われた。底をのぞくと足はつかない深いところ。
ゴーグルをはめ、まずぼくが渡った。はじめは恐る恐る平泳ぎで泳いでいたが、水も温かく余裕が出てきたので、プカプカ浮かびながら底をのぞいてみた。うわ〜、思わず心の中で叫んだ。深い鍾乳洞の割れ目から光が注ぎ、色とりどりの魚たちが泳いでいる。まさに竜宮城。竜宮城とはまさにこんな世界かと、叫びたくなった。すごいよ〜、早く早く、と、あとの2人を手招きした。
次にJさん、そして万里子さんが泳いできた。ぼくの足元に2人ようやく立てるほどの岩があったので、万里子さんに「足がつくよ」と言ったところ、ぼくの方にやって来た。
でも万里子さんはゴーグルをしておらず、頭を上げたまま平泳ぎで泳いできた。もちろん顔をつけられないし、水中も見えない。ぼくの手を握り、足をつこうとしたが、そこに岩はない。足がつくと言ったのにつかない、どこに岩があるのか確認できない。
万里子さんはびっくりしてぼくにしがみつき、危うく共に心中するところだったが、そこに比嘉さんが飛び込んでくれて、万里子さんはうまく比嘉さんの背中にさばりついたから、好都合に救出することができた。
体というものは力を抜いているとプカプカと浮かぶものなのに、緊張すると沈んでしまう。よく考えると不思議だと思う。
これは体に限らず、心も同じ。リラックスしているときは平常心だが、ひとたび乱れると我を忘れて、心の闇に陥ってしまう。
■黒龍、白龍
ぼくたちはほっと一息、次にそのすぐ近くにある「白龍、黒龍」の聖地へと、浜づたいに歩いて向かった。
まず黒龍の洞窟に入ると、一番奥のところに女性器のカタチをした鍾乳石がある。中は人が縮こまると一人がようやく入れる広さ。この穴は子宮にあたるそうである。その入り口にロウソクを点けた。
そして一度洞窟を出て、ちょうど裏側にある白龍の洞窟に向かった。洞窟の奥まったところに大きな男根の鍾乳石がある。その奥に穴がある。その穴をのぞいてみてください、と比嘉さんに言われて、のぞいてみる。すると、先ほど点したロウソクの火が見えた。ああ、つながっているんだ。
白龍は父、黒龍は母、この穴を通じてあるとき潮が行き来するときがあるとのこと。このとき白龍と黒龍が交わることになる。むすびと産みのはたらき、自然の営みである。
まず、白龍の聖地で瞑想。ここでもまず黙想して感謝の言葉を何度も唱え、しばらくして一体感を感じたとき、メッセージらしきものが浮かんだ。
「本心にしたがうこと」「本心を明らかにすること」
ありがたいなあ、と思った。
そして、黒龍の聖地に向かい、今度は一人ずつ、子宮の穴の中に入って瞑想。比嘉さんは近くまで車を回すので、その間、順番に瞑想しておいてください、と言い残して洞窟を出ていった。
万里子さん、Jさんの順番で瞑想をし、ぼくは一番最後に子宮に入った。子宮内はちょうど体を縮こめて胎児のカタチをとると入り込める大きさ。先の白龍からつながる穴からは、凄まじいほどに風が吹き込んでくる。
ぼくは頭からバスタオルをかぶり、しばらく瞑想していた。寒さにこらえながらもだんだんとリラックスし、ほんとうに胎児の気持ちに戻っていった。ぼくは全体重を子宮にまかせきり、壁面
にやさしくキスをした。そのときメッセージがあった。
「生まれ変わり」「旅立て、さあ!」
ぼくはまるで生まれる胎児のように子宮から出ていった。外で待っていた万里子さんとJさんは、ぼくの顔が変わったと言った。ぼくは生まれ変わりましたよ、と伝えた。
そうこうしているうちに、比嘉さんの声らしきものが聞こえてきた。声にならない荒い息。どうしたんですか?と聞くと、外が台風のような嵐になっているという。え、さっきまで青い空が広がり、海も穏やかだったのに・・・。ほんの30分ほどの間に、まさか・・・。
ぼくたちは洞窟の表に出てみた。そこはまさに台風。あまりの光景にみんな笑った。わははは〜。万里子さんは踊ろう!と叫んだ。踊りたい心境だった。
比嘉さんが先ほど車を取りに行き、車を近くまで回しているときに突然トランス状態になったとか。しばらくすると台風のような嵐になった、と話してくれた。そして、女神サミットはとても大切な行事であり、この日から浄化が本格的に始まる、と言われた。龍神様が動き出したようだ。
今まで聖地巡りをしてきて、これほど雨をふらした連中は初めてだ、と言われた。いかに雨模様であっても、必ず聖地巡りをすると晴れるという。なのに、こんな雨を降らせたのは初めてだと、何度も言っていた。
■沖縄最北端へ(5日目)
翌日、沖縄の女神様へのごあいさつを終えて、万里子さんは一足先に出雲に帰ることになった。沖縄に住むK君の車で飛行場に送ってもらうことになった。
この日、Jさんとぼく、それに比嘉さんのところに居候しているうら若き女性2人、それから急きょ関東から来た青年2人の計7名は、沖縄最北端への聖地巡礼に向かった。
途中、古宇利島の聖地を巡礼した。ここはアダムとイブと同じような伝説がある。それがリンゴではなく、おはぎなのだそうだ。そして最北端の辺戸岬から伊部、安田、安波、というところを巡って帰っていた。万里子さんを無事送り出して比嘉さんもホッとしたのか、この日は聖地巡りというよりもドライブのようで楽しかった。
■聖地巡り最後の日
いよいよ明日には帰ることになっている。聖地巡り最終日、ぼくたちは沖縄の東側に当たる浜比嘉という島にある「美財天」という女神の聖地を巡礼し、洞窟内で過ごした。外に出るとまた雨が降り出している。ぼくたちは雨を避けるように車に乗り込み、昼過ぎに帰ってきた。
そして比嘉さん宅の裏山の聖地にある龍の脳に当たるという聖地に連れられて行き、そこで最後の瞑想。ここでは自分の今まで祈ってきた使命を果
たすのに必要な智恵を授かるところ。
ぼくは「祈りのある当たり前の生活」について瞑想した。はじめに感謝の言葉を何度も唱えていると、メッセージが下りてきた。
「今考えているようなものではなく、もっとすばらしい智恵を授ける」
というような感じ。「今考えている・・・」というのは、ぼくは、何となく当たり前の生活とは、日当たり、風通
しが良く、空気、水がきれいな場所に住居を持ち、自給自足できる農地があり、家族が健康で衣食住を楽しめる、そんな当たり前の生活、というものを想像していた。
でも、そういう限定したものではなく、もっとすばらしい智恵を授ける、という。果
たして、どんな智恵なのか。今のところ、ぼくも見当がつかないが、そのうち分かるのだろう。
■最後の最後に・・・
おわり・・・と、
もうこれで聖地巡りも終わったと思いきや、最後の最後、夜も遅い時間に急きょ海へ行くことになった。この肌寒い中、海に浸かるという。
比嘉さんに連れられて、たまたまここに集まった女性4名、男性2名は沖縄市から30分のところにある真栄田岬に向かった。すでに夜の10時をまわっている。このうち京都から来たという25歳の青年は、今夜裏山の聖地にある洞窟に一人朝まで籠もって瞑想するそうだ。
沖縄のこの夜は冷え込んだ。岬に着くとゴーゴーと風が鳴っている。ぼくたちは比嘉さんの背を追って暗闇を懐中電灯で照らしながら必死に断崖絶壁を下っていった。昼間でもキケンと思われるゴツゴツした岩肌を、一歩一歩踏みしめ慎重に下りていく。下をのぞくとシャンパンのように白い泡波がすさまじい。一歩足を滑らせるとたぶん命がないだろうと思った。
30メートルも下りたところに洞窟の入り口があった。一歩そこに踏み込むとウソのように静かで無風状態。ときおり沖から押し寄せた波の余韻が洞窟内に流れ込んでくるほどの静けさ。
洞窟内はかなり広い。おのおのローソクや懐中電灯の灯で着替えをすませ、湖のように静かな水に飛び込んだ。このとき灯はローソクだけ。ゴーグルで海底をのぞくと、ローソクの灯だけで充分に海底の姿が映っていた。
この大きな潮だまりの端っこに海へとつづく入り口があり、そこから大海の海水が流れ込んできている。あまり岸から離れると大海へと引きずり込まれるから気をつけろと言われた。しばらく大の字に浮かび、ぷかぷかと身を委せた。
しばらくしてから隣のそう広くはない潮だまりに場を移し、比嘉さんの話しに耳を傾けた。ゆらゆらとローソクの灯だけが水面
と岩肌を照らしている。
水面はおだやかに見えるが、その底は奈落へとつながっているという。いかなる水泳の名人であっても、ひとたび海底に吸い込まれると生きて帰れない。キケンだから気をつけるように言われた。今からここで生まれ変わりを体験する。
潮が退くごとく罪汚れを洗い流してください。
潮が満ちるごとく必要なものを豊かにお与えください。
というような意味のことを祭壇のようなところに向かってお祈りをし、おもむろに水に浸かる。そして本当の願いをこめて7回海中にもぐる。命をつなぐのは岩をつかんだ両手のひらだけである。ときおり流れ込んでくる潮にカラダを持って行かれそうになりながら、頭まで水に浸かる。
そして今日から生まれ変わり、願った新しい人生を歩ませていただくことを海の神に誓いながら岸へと登った。
さすがに寒い。ぼくたちはぶるぶる震えながら着替えを済ませた。服を着込むとことのほか暖かい。熱いお茶を飲み、無事に生まれ変わりを体験できたことを喜んだ。
洞窟を出るとゴーゴーと凄まじい風と波の音が響き鳴っていた。
(おわり)
◆比嘉良丸さんのホームページ
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「大国みろく大社」
http://plaza.rakuten.co.jp/ookunimiroku
●女神サミット 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日 時:2005年5月3日・4日・5日(ゴールデンウイーク)
場 所:3日 出雲大社町稲佐浜(いなさのはま)
(出雲大社神迎え神事の浜であり、国引き神話の浜)
4、5日 出雲大社町 文化プレイスうらら館
開催協力金:一口5,000円
※3日間の共通入場チケットを兼ねます
※高校生以下無料
イベント:
≪5月3日(火・祝)稲佐浜 16:00〜≫
〜母なる大地への祈り〜
奉納:出雲神楽、古代笛(樋野達夫)、天女の舞(浅野瑞穂)
≪5月4日(水・祝)うらら館≫
●女神と天使の光輝くハープコンサート 10:00〜11:30
出演:エリック・バーグランド(ヒーリング・ハープ奏者)
●講演 「忘れられている女性の身体に”在る”力」13:30〜15:00
講師:三砂 ちづる(津田塾大学教授、『オニババ化する女たち』著者)
●トーク&おむすび実演 「おむすびの祈り」16:00〜17:30
講師:佐藤 初女 (森のイスキア)
≪5月5日(木・祝)うらら館≫
●映画「地球交響曲 第5番」上映 10:00〜12:30
母なる星地球は、それ自体が一つの生命体である
●女神の響き 音魂ワークショップ 13:00〜13:40
出演:小嶋 さちほ (ライア竪琴)
●エンディングコンサート 14:00〜17:30
○コンサート出演:奈良 裕之 (民族楽器演奏)
山根 麻以 (歌と演奏)
○映像と朗読のコラボレーション
物語「メッセンジャー」
作・星人玉和/朗読・佐々木恵美子
【うらら館 5月4,5日共通】
●出雲の葦で古代の葦舟造り 製作・3日、4日 展示5日
●さまざまなアーティストによる女神作品の展示
荒川夏染、中山裕那、西田マコ、杉山元裕、秋山峰男、板垣宏、
ふくだやよい、小田まゆみ、岡澤優明子、他にも女神作品多数展示
●アート映像や音楽によるヒーリング・コンサート
●フリースペースのパフォーマンス(歌、踊り他)
●出雲のおいしいコーナー
< オープンカフェ> 出雲美人ぜんさい、玄米コーヒー、他
< おむすびころりんスペース> 縁結びおむすび
●おすすめグッズスペース
< 書籍、CD、ポストカード、クリスタルソルト、ランプ他>
女神サミットはHPリンクを歓迎いたします。リンクはご自由にどうぞ。
http://megami-summit.org
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