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2003.1.18 村田和樹さんのお話 於
ぎゃらりー赤阪商店
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お話を聞いているときに、和樹さんの横に猫がチョコナン。(一同爆笑)彼は知ってか知らずか、昨年夏に和樹さんのところからもらわれてきた3匹の中の1匹。どうも本人は主役気分だったみたいです。
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◇「自分をする」・・・
「自分らしさ」というのは聞いたことがあるが「自分をする」というのは初め
て耳にした言葉だ。
能登半島山中の「よろみ村」に五運山龍昌寺住職・村田和樹さんがおられる。
先日、年に10日くらいしか村を出ないという和樹さんが、大阪福島のぎゃら
りー赤阪商店で講話をされるとのことで、楽しみに参加させていただいた。
お話の中で、私の中にグサリとくさびを打ち込まれた言葉、それが「自分を
する」であった。私は昨年の夏頃に、今までのしがらみとか、義務感とかを捨
て、本当に自分がしたいことをしようと決意をし、いつしか半年。そろそろ腰
を上げねばならないと思っていたやさきの「自分をする」という言葉は、新鮮
に強烈に迫ってきた。
和樹さんは金沢の禅寺に生まれ、父の姿に憧れて僧侶となった。若い和樹さ
んを檀家の人たちはずいぶん大切し、いつも手を合わせて拝むのである。しか
し当の本人は偉くもなく、なんの修行も積んでいない自分に手を合わせる人た
ちに申し訳がなく、苦痛を感じる毎日。
ある日、和樹さんは檀家を捨て、寺の土地を売り払い、奥能登に居を移すこ
とを決意。4、5年の準備をへて、決行。先祖からの由緒ある寺であろうから、
たいへんな決断である。30歳の時のこと。
土地を売ったお金で山を買い、自力で伐採、整地して、寺をそのまま移した。
5年間は一人で、座禅し、田畑を耕し、自給自足の生活をしていた。赤土で作
物の生らない畑に、肥料を蒔いては土を肥やし、日当たりの悪い耕す人のいな
くなった田畑を借りては、無農薬で農業を始めたが、思うにまかせないことば
かり。その後、23年無農薬の田畑には、豊かに色濃い農作物が実っている。
よろみ村に今では、数世帯の人たちが移り住み、共同生活しているそうだ。
講話をお聞きした後、よろみ村の無農薬のお米で作ったおにぎりを振る舞っ
てくれた。お米がこんなにおいしかったのかと、感動した。お米だけでおいし
いご飯。和樹さんを囲んでいろいろなお話をうかがったが、いつしか夕刻も過
ぎ、去りがたく残っていた十数名の人たちで直会(なおらい)が始まった。直
会というのは、宴会のようなものであるが、天地の恵みをいただき感謝する集
いのことである。
ぎゃらりー赤阪商店で仕込んだ、和樹さん秘伝の味噌で作った味噌鍋と、た
きたてホクホクのご飯に、ぬか漬け。質素にもぜいたくなこんな食事はひさび
さである。鍋の中の野菜は、和樹さんが大阪に向かう前に、数十センチの雪の
中をかき分け、掘り出した大根たちが入っていた。
和樹さんが「自分をする」を初めて数十年、よろみ村での生活は、和樹さん
そのもの、「和樹さんをしている」。
スコーンと一撃、鋭くもここちよい刺激に撃たれた。そして今、自分の本心
がよく見える。比較しない裸の自分。
人の真似をせず、あせらず、じっくりと自分の持ち味を生かしていけばいい
のだ。自分の持ち味は、天のみこころにすべてを委せるとき、一番そして自然
に生きてくる。言葉でいくら偉そうなことを言っても、こころがつねに愛にみ
ち、自分をかばうこころのない、裸のこころでなければならない。
(文責・柴田健二郎)
===編者のちょっと一言========================================
この道を行けば
どうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となる
迷わずにゆけよ
ゆけばわかる
一休
ありがとうございます
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