|
2004.9.27 ブーワ(武和定道)さんのお話
=====================================
◇ただひとつ、ぼくの願いは簡単である。一瞬でも長く「本心を生きたい」。
ただそれだけ。
本心って何だ???
先人たちも、そして今を生きる人たちも、みんな「本心を生きる」にはどう
したらいいのか、そのための探求をしているようなものである。
本心の自分と、煩悩の自分。
二人の自分がいる。それはいつも心の中で戦っている。どちらが勝つかによ
って、そのときの行動や言動も変わってくる。
「お前は本心の自分か? それとも、煩悩の自分か?」
何度も何度も問いかける。煩悩の自分は「本心の自分は俺だ」と主張する。
それは名優が演じる演技のように、絶妙。
煩悩の自分はとても巧妙に、言葉巧みに演ずる。いかにも自分が正当であ
るかのように。それを信じてそれにしたがうと、どれが本当の自分か分から
なくなる。
何度も、何度も、自分にたずねる。「これは本心の自分か? それとも煩
悩の自分か?」
本心の自分は、いつもキラキラ輝いている。
煩悩の自分は、いつもギラギラと目を輝かせている。
本心の自分は、いつもサラサラと清水のように流れている。
煩悩の自分は、いつもザラザラと刺激が強い。
本心の自分は、光り輝き、明るい。
煩悩の自分は、闇を好む。
本心の自分は、見返りを求めない。
煩悩の自分は、損得勘定に長けている。
本心の自分は、与える心。
煩悩の自分は、求める心。
本心の自分は、感謝ばかり。
煩悩の自分は、願いごとばかり。
・
・
・
煩悩の自分は、絶妙に本心の自分を覆い隠そうとする。
ぼくはそれを見破っていく。
快刀乱麻を断つ。草薙の剣でこんがらがった麻糸を断ち切っていく。
今日も繰り返す。
お前は本心の自分か? それとも、煩悩の自分か?
※下記は昨年の10月に、熊野のブーワの導きで内(宇宙)に飛び立ち、
「本心の自分」と出会った体験記です。
この経験によって、本心の自分がどんなに素敵か、そして輝いているか、
それを知りました。ぼくの原点です。
1年間封印していましたが、もう公開してもいいかなと思いました。
10月17日には、1年ぶりに河童に会いに行く予定です。
おみやげに岡山のキュウリを持って。
ちょっと長いので、興味のある方だけ全文をお読みください。
ありがとうございます しばた
■■■ ブーワ森 内(宇宙)への旅 本心の自分との出会い ■■■
2003年10月14日〜17日に、内(宇宙/コスモス)への旅に出発すると聞
いたぼくは、なにやら楽しげなものを感じて、その旅に参加することにしました。
出発場所は、ブーワの森。
ブーワの森は熊野、三重県紀宝町にあります。
ブーワは、ブーワの森のにあるパッチワークハウスというところに居ます。
ツアーコンダクター役も熊野の小使いさんのブーワ(武和定道さん)が担当します。
ブーワの目は、赤、黄、青色に変わります。
すでにブーワの森からコスモスへの旅を終えた人が23人いると聞きました。
ブーワは旅を始める前に、こう言いました。
「今まで、コスモスへの旅をした人が何人かいます。今回で23回目になります。
今までの人は全員成功しましたが、必ず成功するとはかぎりません。命を落とすこと
もあります。宇宙へ旅をするのですから、命がけです。ぼくも命がけだし、真剣勝負
です。それほど危険な旅だということを心しておいてください」
今回の同乗者は、Sさん。
Sさんはなぜか、ぼくの大切な節目に、側にいます。
内(コスモス)への旅というのですから、心の奥底への旅でもあります。
■1日目 旅の心得
ブーワはこう言いました。
「宇宙へ旅立つ方法はいろいろあります。NちゃんとSQさんたちはロケットで旅
立ちましたが、銀河鉄道の列車に乗ることもあります。どんなカタチで旅立つかは、
ぼく自身も想像がつきません。STちゃんは2時間で旅立ったし、OSは5時間、旅
立てない人は何日あっても旅立てません。
ただ目の前に扉が現れます。この扉は、いつでもどこでも誰にでも平等に現れます。
ただし、条件があります。このドアに入るときには、荷物を少しでも持っていては
入れません。それは下着一つでもです。そして、いっさい思いを持っていても入れま
せん。
この扉は、相手が偉い人であろうが、高僧であろうが、どんな人であろうが、少し
でも荷物を持っていれば開きません。この扉の前に立つときは、だれもが平等です。
そのことをよく理解しておいてください」
Sさんとぼくは、小高い山を登り始めました。乗り場所は山の上にあるからです。
ブーワはぼく(そのころ呼ばれていた通称:かわわらわ。、かっぱちゃん)に、
「かわわらわ。さんはすでに8合目あたりにいるから、もう少しだね」
と言ってくれたので、とても楽しい感じがしていました。山を登りながら、ブーワ
はぼくの印象を話してくれました。因みに「かわわらわ」というのは河童の語源で、
数年前からハンドルネームに使っていたものです。
「最近、かっぱちゃんと呼ばれるようになったね。でもぼくはかわわらわ。さんと
いうのが好きだから、そう呼んでいるんだ。かわわらわ。というのはなんとなく威厳
があるしね。
かっぱちゃんというのは、俊敏な動きで軽やかに身をかわすのが得意なイメージが
あって、逃げ足も早い。でも、後ろから鉄砲でズドーンとやられて、バッタリ倒れる
感じがあるんだよね。
それにくらべて、かわわらわ。さんは、たくさんの敵に遭遇しても、家族や友達を
守りながら、勇敢に戦う感じ。もし切られるにしても正面からバッサリやられるって
感じかな。
だから、かっぱちゃんでもいいけれど、自分はかわわらわ。なんだという自覚をい
つも持っておくことは大事だよ」
1日目は湯の口温泉に入り、旅の心得で終わりました。
■2日目 過去への懺悔
2日目、旅のチケットをもらいます。チケットというのは設題。ぼくたちが荷物を
一切持っていないかを、ブーワが確認するためのもの。設問はなんでもいいです。自
分の心を確認しやすいもの。
ぼくは20代に感じた「死への不安」を設題にしました。
Sさんは「なぜ旦那さんがご飯の残すのか」。
この設題を頭で考えている間は思いがあるということですから、扉は現れません。
胸の奥からわき出て、腹の底からはき出す。そのとき、扉は開き、宇宙への旅に成功
します。
ブーワはこう言いました。
「考えないのではなくて、考えて考えて、これでもかというくらい考えたときに、
考えられなくなります。そのときに本当の答えが出るんです。だから、よ〜く考えて
ください。そして、答えが出たら、はっきり手を挙げて、はっきり返事をして、それ
から話して(放して)ください」
ブーワの目は、いつもは人間の目をしています。宇宙に旅立つときは、青色になり
ます。そして、ときに黄色や赤色になることもあります。
ぼくたちは何度も何度も、ブーワに分からないことを尋ねました。何度も何度も、
考えました。
その日の午後、ぼくがトイレを済ませて、席に戻ると、何か空気が違います。Sさ
んはすでに扉を開き、宇宙に旅立っていました。なにが起こったの? ぼくにはまっ
たく想像もつきません。
さっきまでの、眉間にシワを寄せながらウンウンと唸っていたSさんの顔がまん丸
になり、晴れやかに輝いている。まったく別人のSさんがいました。うむ? 何が起
こったの?
ブーワの目を見ると、青色に輝いていました。ああ、Sさんは先に宇宙に旅をした
んだなあ。ぼくは正直言って、少しだけ焦りを感じました。ぼくも行けるんだろうか。
その後、3人は温泉に行き、食事を済ませ、Sさんは少し一緒にいてくれて、「頑
張ってね」と激励の言葉を残して眠りにつきました。ブーワとぼくは、明け方まで心
のチェックを繰り返します。ブーワは何度も何度もぼくに、「なぜ死が不安なの?」
と、何十回と聞き続けました。でも答えは出ませんでした。
「その答えが出たら、過去が変わるよ。その不安を持ったそのときの自分が変わる
んです。そのときの自分に今の自分だったらどういうふうに話してあげることができ
る? そのときの自分に帰って、よく言い聞かせてあげなさい。さあ」。
目をつむって昔の自分に帰り、自分に言い聞かせました。「そんなの心配ないよ。
勝手に自分で作っている妄想さ。それは手放していいものだよ」と。
そう言い聞かせている耳元で、ブーワはこう言いました。
「過去の自分が変われば、今の自分も変わるんだよ。そして、未来の自分も変わり
ます。今、その自分が納得するように、よ〜く話してあげてください」
そんなことを繰り返しながら、他にもいろんな話しを聞いてもらいました。
ぼくは小学校のときのある思い出を話しました。10歳のころ、近くの文房具屋
でラーマート(ヒモでほどいて使う赤鉛筆)を何度も盗んではばらし、盗んではばら
してそこらに放り投げ捨てて遊んでいました。
ある日、父親が帰ってくると「最近、あそこの文房具屋で赤鉛筆を盗んだ子供がい
るそうだ。その子供たちを今度の日曜日に集めて、警察が説教をすると言ってたよ」。
ああ、それってぼくだ。心の中でそう思い、心の奥底に深い傷を残しました。
それから20年もたったある日、ぼくは酔っぱらってそのことを母に告げました。
母は初めて聞いた話だと言いました。すでに10年も前に亡くなっていた父は、その
ことを母に話してなかったようなのです。母はそれから数日後、その文房具屋のおば
さんに謝りに行った。うちのけんじが小学校の時に鉛筆を盗んだそうで、ほんとうに
すみませんでした。
後日、ぼくは母からその話を聞いて、笑ってしまったことをブーワに話しました。
そのとき、ブーワの目が赤色になりました。「どうしてその時、頭をすりつけてお母
さんに謝らなかったんだ。そうするのが本当の愛の姿だよ」。
明け方5時半まで頑張りましたが、宇宙へ旅立つことはできませんでした。
■3日目 ブーワの縁者たちと
翌日、ぼくたちは竹中 弘さんに会いに行くことになりました。竹中さんは昨年の
10月17日の明朝に、肉体を離れ、光の人になりました。多くの人に慕われ、葬儀
の日には500人もの弔問があり、みんな心から泣いていたといいます。
ブーワの森から約1時間くらいのところ、那智勝浦の下里というところにあるご自
宅とお墓にお参りしました。
竹中さんとブーワは親友であり、今回の宇宙への旅も、竹中さんの命日を偲んでこ
の日を決めたと聞いていました。清々しい秋晴れの中で、コスモスをこよなく愛した
竹中さんを偲びました。
ぼくたちは12日に竹中さんを偲んで、縁者たちが明け方まで過ごしたという下里
の浜辺を訪れました。そこである流木を見つけたので、竹中さんの思い出として、持
ち帰ることにしました。なんとなく草薙(くさなぎ)の剣に似ています。
その夜、ブーワの森にあるパッチワークハウスに、竹中さんの縁者たち、Fさんご
夫妻、SZさんご夫妻が集まりました。竹中さんの写真を見ながら思い出話や、これ
からのこと、未来のことを話しあい、みんなで至福のひとときを過ごしました。
10時半頃、縁者たちはパッチを後にし、ぼくたちは3人になりました。ぼくはま
だ宇宙へ旅立っていません。タイムリミットは翌日の正午。
■最終日 旅立ち
ブーワは言いました。
「もしかするとかわわらわ。さんは旅立てないかもしれないけど、気づきはいっぱ
いあったはずだから、それはそれでいいんだよ。残された時間にぼくも全力を尽くす
から」。
ブーワの目は優しくもあり、真剣な眼差しでした。
この頃から、ブーワの目が黄色くなってきました。
「これから、どんな生き方をするの? かっぱちゃんとして生きていくのか、かわ
わらわ。さんとして生きていくのか。どちらを選択してもいいよ。すべては自由選択
なんだから」
設問はいつしか「かっぱちゃんで生きていくのか、かわわらわ。さんで生きていく
のか」というものになっていました。
ブーワは言いました。
「小学校の時に、鉛筆を盗んで、ちょこまかちょこまか逃げ続けて、20年も後に
母親が代わりに謝りに行ったというのに、それを笑う。それがかっぱちゃんなんだよ。
これからもずっとそんな生き方をするのかい?」
因みに、かわわらわ。さんは勇敢です。ぼくは20代の半ばに、続いて2人の大切
な身内を亡くしました。なぜ人は死ぬのかなあ〜、と考え続け、そうだ、この世の中
のしくみを解き明かせば、その答えがでるかもしれない。その答えを得るために、ず
いぶん多くの物に代償をはらってきました。
そして、ここにいるかわわらわ。さんは、ずいぶん多くの知識を得て、疑問を解き
明かしていました。しかし、ほんとうはその疑問を封じ込めるテクニックを身につけ
ていただけのことだということを、ブーワに教えてもらいました。疑問の芽を元から
立たなければ、いつまでたっても疑問を封じ込めるテクニック探しだけで人生を終え
てしまう。
ブーワの目は真っ赤に燃え上がり、迫ってきます。
「かっぱちゃんで行くの、かわわらわ。さんで行くの? 答えが出たら、はっきり
手を挙げて、はっきり返事をして、はっきり話してください」
ぼくはしばらく考えて、手を挙げて、
「ぼくはかわわらわ。で行きます・・・」
ブーワは言いました。
「なんども、なんども言っているけれど、扉の中に入るためには、下着一枚つけて
いては入れないんだよ。どんな思いでさえも・・・。光は丸くてあったかくて、まっ
すぐで、軽い。今のかわわらわ。さんはどうだった? まったく重いじゃないか。そ
れでは扉の中にははいれないんだよ」
ブーワは、Sさんに、「もう寝てていいよ。最後にかわわらわ。さんに一言声を掛
けてあげて」
Sさんは、「がんばってね」と言いました。
ぼくはSさんの顔を見るゆとりもなく、空返事をしました。
そのとき、ブーワの目は真っ赤に燃え上がりました。
「今、Sさんの目をしっかり見たかい? 横目で見ただろう。Sさんの愛が分から
ないのか! それがかっぱちゃんなんだよ」
このとき、正直言って、ぼくの胸の中はブーワへの怒りが渦巻いていました。「こ
のおっさん、何言うてんねん」。
そのことに気づいたブーワはここぞとばかり、かっぱちゃんに厳しい言葉を浴びせ
かけました。これでもかこれでもかと。そのときのブーワの目は、まるで不動明王の
ように燃え上がっています。
かっぱちゃんとブーワの真剣勝負。危険な瞬間。しばらくの間、ブーワは鋭く闇を
暴くかのごとく、かっぱちゃんに言葉を浴びせかけました。心に巣くった闇たちは、
言葉で暴かれるごとに退散していくようです。
しばらくそんな状態が続きました・・・
「ぼくは真剣にやってるんだよ! 分かるまで10年でも此処にいるか?」
ブーワは危機迫る迫力で迫ってきました。
ぼくは思わず「ハイ」と返事をしました。
そのとき、ブーワの目が一瞬にして青色に変わったのです。まるで観音様のよ
うな顔になった。そして、しばらく沈黙して、やさしくこう言いました。
「そうか、そういうことだったのか・・・。
かっぱちゃんもかわわらわ。さんもやめにして、本名でやっていくかい?」
あまりにも意外な一言で、ぼくの頭は真っ白け。
その瞬間、ぼくの目からは涙が止めどなく流れ出しました。後で聞いたのですが、
その瞬間、ぼくの顔が丸く穏やかになり、ぼくの身体がぷかぷかと浮いていたそうで
す。このとき、ぼくは宇宙へ旅立ちました。言葉にはできません。
ぼくには何がなにやらわからないけれど、今まで必死につかんでいたもの、それを
放すと真っ逆さまに谷底へ落ちるのではないかという不安、それがすべて幻想であり、
不要なもの。
何にもない状態。言葉では説明できません。ただ光の中にいる自分。ブーワが言っ
ていた「空」の世界、光の世界は、軽く、丸く、真っ直ぐで、あったかい。
■さよなら 河童たち
ブーワはしばらくして、言いました。
「今から、かっぱちゃんとかわわらわ。さんを供養するために川に流して上げに行
くかい? どうする?」
ぼくはぜひお願いしますと言いました。熊野川にお願いしますと。
「どんな方法で供養するか、何かあるかな?」
ぼくは前日に拾った、竹中さんの思い出の流木「草薙の剣」を川に流して供養した
いと思いました。流木に「∞ ありがとうございます かわわらわ。さん かっぱち
ゃん ∞」と書いて。
ブーワは河童にお供え物としてサツマイモを川に流すようにとぼくに渡してくれま
した。でも河童には好物があります。冷蔵庫の中に1本だけキュウリが残っていたの
を、ぼくは覚えていました。
午前3時30分、Sさんも一緒に、いざ熊野川へ。途中、ブーワが「ああそうだ、
あそこがいい、河童が住んでいそうなところがあるんだよ、と言って、熊野川の入り
江にある御船島に連れて行ってくれました。ここでは昨日、お祭りがあった。この島
は、「いざなぎ」と「いざなみ」が初めて交わった場所だとか。
進入禁止のクサリを越えて、サクの前まで来ました。数日前まで雨続きだった熊野
の空には満点の星。月の光に照らされている御船島まではずいぶん高さがあります。
鎮守の森のような島と、その入り江は、河童の住みかとしては最高です。
ぼくは空に向かって軽く深呼吸をして、流木・草薙の剣をサクごしに勢いよく島へ
向かって投げました。「ありがとうございます かっぱちゃん、かわわらわ。さん」。
流木は音も立てずに深い闇に消えていきました。
つづいて、おみやげのキュウリを投げました。ありがとう!
そのとき、下の方で、ドボーンという音が。3人は顔を見合わせました。
「今の音聞いた? すごい音したよね」
ぼくの中で、河童が自由を得て、飛び跳ねる姿がありありと見えました。流木が河
童になって、キュウリを手に水に戻ったような気がしました。
河童を思いながら、3人で「祈祷」を歌いました。
い〜つくしみふか〜き♪
歌を歌い終え、僕たちは「かっぱちゃん、かわわらわ。さんありがとう」
と声をかけ、御船島をあとに・・・。
今思うと、かっぱちゃんは小学生の頃に体験した「逃げた」という罪悪感を持った
心の重荷を身代わりとして背負ってくれていた。かわわらわ。さんは、「死への不安」
という重荷を身代わりとして背負ってくれていたのだと思います。
ぼくの身代わりになった河童たちは、お役を終えて、熊野川に帰っていきました。
ようやく自由を得て、今頃泳ぎを楽しんでいるはずです。
帰り道、ブーワは言いました。
「今日は竹中さんの命日だね。たぶんちょうど今頃、竹中さんは光に戻った時間な
んだよ。不思議だねえ」
ブーワは、大きな大きな、深い深いため息を何度も何度も吐いていました。
10月17日、ぼくは宇宙へ無事旅立ちました。かっぱちゃんもかわわらわ。さん
も、ぼく自身もこの日死にました。ぼくたちの命日です。そして、自由を手に生まれ
変わりました。だから、ぼくたちの誕生日でもあります。
朝目覚めて、パッチワークハウスのベランダに出ると今日も秋晴れ。森の木はイキ
イキと輝き、空からは光が降ってきます。まぶしくて、まぶしくて目が開けられない。
耳を澄ませば、今まで聞いたことのないほどのいろいろな音が聞こえる。木々のざわ
めき、水の流れ、何十種類もの鳥や動物や虫たちのささやき。
ぼくは心の底から、ありがたいなあ、と思いました。
★熊野の小使いさん ブーワのホームページ
http://www.ztv.ne.jp/web/kozukai/
┃ HOME ┃ 霊性の人々トップ ┃
|