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坂本龍馬からの伝言
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24 坂本 龍馬(さかもと りょうま)1835〜1867
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幕末の志士。征長の役には桂小五郎・西郷隆盛と会って連合の密約を成立させた。
海援隊を創設。大政奉還を成功させたが、京都で暗殺される。
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              注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント


■ 天下に事をなすものは、ねぶともよくよく腫(は)れずては、
 針は膿(うみ)をつけもふさず。


 

          *****


◇「ねぶと」は土佐弁で、腫れ物のこと。腫れ物も大きくならなければ、針で
膿をつくこともできない。それと同じで天下に事をなそうとする者は、よくよ
く時機が熟してくるのを待たなくてはならない、の意味。急速に変化を繰り返
す現代においては、特に「待つ」ということがなにより大事である。

 ぼくたちは本当に「待つ」ことができなくなった世代である。ぼく自身、田
舎生まれの田舎育ちなのでずいぶんのんびりしているつもりだったが、大阪で
の生活と、自分で会社を経営したことによって、潜在している「せっかち」な
性格が見事に開花した。

 数カ月前、一番旬な友人のひとりとフィルムコンサートを見に行ったときの
こと。上映も終わり字幕が流れ出したとき、いつものようにさっさと席をたっ
て会場をあとにした。友人はまだ会場内なのか、少し待っていると出てきた。

 それから簡単に食事をしたのであるが、そのとき友人は、
「柴田さんって、けっこうせっかちですね。映画のラストに流れる音楽と字幕
をいつも見ないんですか? 制作者たちからすると、最後まで見てほしいと思
うんですよね。それに最後まで見終わってから会場を出れば、ぜんぜん混んで
いないし、おまけに映画館の人は、最後まで見ていただいてありがとうござい
ますといってお礼を言ってくれます」。

 おお、そうか、ぼくはせっかちなんだ。その時、昔ののんびりした自分では
なく、いつのまにか生き急いでる自分に気づかされたのである。自分で商売を
していると、先手、先手で、2、3手先を読むのが癖になっている。雇われ人
と経営者の違いは、いかに詳細なところまで氣をまわせるかにかかっている。
先を読めないということは死活問題に関わる。読めない人は経営者に向いてい
ない。

 先日、一番旬なもうひとりの友人からこんなメールが届いた。

> 辻 信一さんの『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)を読みました。
> もう読まれました?
> これを読んで、まだまだ世の人が意図して、
> また意図せずしてつくってきた型にはまっていることを感じました。

「意図して、また意図せずしてつくってきた型にはまっている」とは、いった
いなんのことだろう。

 さっそく『スロー・イズ・ビューティフル』を入手して読んでみたのである。
そして発見した。意図して、また意図せずしてつくってきた型にはまっている
自分を。せっかちに生きてきたぼく自身は、いつしか大切なもの、忘れてはな
らないものを忘れかけていた。現代に生きるほとんどの人が、とんでもない型
にはまっているのである。

 その「型」の代表的なものが「準備社会」である。

 今までの価値観に関して、辻氏はこの本の中で、今の社会は「準備社会」だ
と紹介している。胎教にはじまり、未来への準備のために受験の日々が始まる。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学。そして就職。これは老後を安心して生
きるための準備である。保険や年金もまた将来における準備にほかならない。

 準備はとても大切である。備えあれば憂いなし。備えよつねに。ところが、
準備のために「今」を犠牲にしていないだろうか。「今」より「未来」の方が
大事だということになると、おかしなことになってしまう。

  明日ありと 思う心の仇桜(あだざくら) 
       夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは

 明日は明日はと思っていたら、夜中に嵐が来て桜は散ってしまっていた。桜
に明日はないのである。今を目一杯咲いているその姿にこそ感動がある。

 本の中で、辻氏がこんな世相を紹介している。ある団体が若者を対象にアン
ケート調査をしたところ、多くの若者が「将来のために今を犠牲にするのはバ
カげている」と考えていることがわかった。これに対してある新聞では「現代
の若者が刹那的になっていることを意味しており深刻な問題だ」と論じている
そうだ。

 しかし、本当は「将来のために今を犠牲にするのはバカげている」という感
性の方がまともであり、大人たちが将来のために今を犠牲にし続けてきた世界
に、若者たちはもう見切りをつけようとしている。「もう、今を犠牲にするの
はやめよう」という彼らの感覚は、必ずしも「今さえよければそれでいい」と
いう投げやりな刹那主義と同じではないはずである。

 けっきょくぼくたちは、正しい意味での準備ではなく、「準備社会」という
名の「未来への取り越し苦労」に縛られているのである。

 この呪縛から解き放たれたとき、真の世界が開ける。もっともっとゆっくり
と、今を味わいながら生きてもいいのである。ぼくたちは、なぜそんなにガツ
ガツしながら他と競わなければならないんだろうか。

 空気と水がおいしい深呼吸したくなるような環境に、日当たりと風通 しのい
いシンプルな住居で、新鮮な食材で作った手をかけすぎない料理が食卓を彩 る。
思いやりのある家族と氣のおけない仲間たちに囲まれて、楽しい会話を交わす
ひととき。生活のひとつひとつを指先で確かめながら、その対象が蘊蓄する底
知れない調和のエネルギーを、身体いっぱいで感じ、また味わいつくす。これ
が「スロー・ライフ」―スロー・イズ・ビューティフルである。

 辻氏は、スローとは「ゆっくり」のみならず「エコロジカル(生態系によい)」
とか、「サステナブル(永続性のある、持続可能な)」という意味をこめられ
ており、ビューティフルとは、「美しい」のみならず「そのもの本来のあり方
を、遠慮がちにではなく、といってことさら誇るのでもなく、他を否定するの
でもなく、他との優劣を競うこともなく、ありのままに認め、受け入れ、抱擁
すること」と定義しておられる。

 スロー・エコノミー、スロー・テクノロジー、スロー・サイエンス、スロー
・フード、スロー・デザイン、スロー・ラブ。現代社会に流布している「常識」
とは異なる、もうひとつの経済、もうひとつの技術、もうひとつの科学、もう
ひとつの食生活、もうひとつの美的生活、もうひとつの身体、もうひとつの愛
のあり方。

 視点を変え、手放す勇気さえあれば、ぼくたちは新しい、もうひとつの生活
をデザインすることができるのである。

 ぼくたちひとりひとりが Artist of Life !

 
 ぼくたちは、すでに解き放たれている。
 いつでも手放していい。
 時代はすでに変わったのである。

 手放したときに気づくだろう。
 ほら、あしもとの花がこんなにきれいだったことを。

 

 

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