HOME  21世紀に伝えたい偉人100トップ  

 


大塩平八郎からの伝言
=====================================
36 大塩平八郎(おおしお へいはちろう)1793〜1837
=====================================
江戸後期の陽明学者。号、中斎。大坂町奉行所与力。天保の大飢饉に際し、
農民を救うため兵を起こしたが、失敗して自決。著『洗心洞箚記』など。
=====================================
              注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント


■ 心太虚(たいきょ)に帰せずんば、必ず動く。

※「太虚」は、身体がその内にある宇宙の本体で、かつ心の本体。
 心が太虚に帰した時、人は天地間の万物と一体化できる。



          *****


◇先日知人から、『半農半Xという生き方』(著者:塩見直紀 出版社:ソニ
ー・マガジンズ)という本が出版されたことを教えてもらいました。ぼくはま
だ読んでませんが。著者のコメントには、

> 1995年、
> 屋久島在住の作家・翻訳家の
> 星川淳さんの本の中で
> 「半農半著」というライフスタイルに出会い、
> インスパイアされました。
>
> きっとみんな自分の「X(可能性や天職)」を
> 探しているのでは?
>
> そう思う中で「半農半X」という
> コンセプトが生まれました。

 ぼくも以前から、農業というものをやってみたいなあと思っていましたが、
「半農半X」という表現はわかりやすいですね。やるならぜひ自然農をやって
みたい。作物の声を聞きながら育ててみたい。そして半分は自分の本心を輝か
せる天職に時間を費やす。日本人はようやく本来の農耕民族としての土に帰る
ことに目覚めて来ているようにも感じます。

 先日、友人が岡山に遊びに来ました。彼は31歳ですが、日本中のすべての
都道府県を旅したそうです。アルバイトでお金を稼ぎ、それで旅に出ます。そ
して詩を書いたり、挿絵を描いたりしています。彼はぼくにこう言いました。
「お金を稼ぐために、ぼくは時間を犠牲にしている。アルバイトをやらないと
生活できないから」と。ぼくはこう尋ねました。「もし、その時間すべてが自
由になるとしたら、何に使いたい?」「それなら詩を書いたり、絵を描いたり
したいよ」「なら、そうすればいいじゃん。犠牲にしなくても」と多少無責任
かなと思いつつ。

 彼は職業を聞かれたときにいつも口ごもっていたそうです。ならば今日から
「吟遊詩人」と名乗ればいいんじゃない? そうだね、ということで、彼はこ
の日からそれを仕事に決めたのであります。彼とその彼女は、これから持続可
能な生活を模索しています。彼たちも自然農をやってみたいようだし、たぶん
「半農半X」にいつか入るんだろうなあと思っています。

 土が陶器に成りたかったり、木がペンダントに成りたかったりするように、
人もまた成りたい形というものがありますね。それが天職というものです。自
分の本心を輝かせることが、ぼくたちの仕事。誰にも遠慮しなくていいし、し
たいことをすればいい。

 ぼくも本格的に「半農半X」をやってみたいと思い始めています。今度の土
曜日、自然農をやっている知人の稲刈りを手伝うことになってます。とりあえ
ず、やってみるのが一番早いですね。

        ◇    ◇    ◇

 スーパーの生鮮食品のコーナーに行くと、よく「無農薬」とか「有機栽培」
という表示を目にすることがあります。なんとなく健康に良さそう、というこ
とで手が伸びます。

 先日、「自然農 川口由一の世界」という長編記録映画と、ご本人の講演会
に参加してきました。「無農薬」だとか「有機栽培」だとかいう言葉はよく耳
にしますが、「自然農」というのはいったい何なのか。

 案内チラシを見ると、「耕さず 肥料 農薬を用いず 草々 虫たちを敵に
しない いのちの営みに沿った自然農」と書かれています。

 これでもまだ、ピンとこない。ぼく自身は、以前から「自然農」という言葉
はよく耳にしていましたが、実際にどんなものなのか見たことはありませんで
した。

 映画を観てびっくり、「耕さず」、これ本当にいっさい耕しません。雑草は
のび放題で、一見どうみてもたんに手を抜いているとしか見えない田んぼ。し
かし、よーく見ると、そこには小さな虫たちがイキイキと息づいています。朝
露に光るクモの糸、草に輝く虫たち。

 川口さんの講演の中でちょっと気になる言葉をいくつか書き留めたのですが、
その中に、
「人の都合でなく、自然の営みが自然農法なのです」
というコメントがありました。

 自然を克服し、操作する、つまり耕したり、肥料をやったりすることが人知
だと思ってきましたが、川口さんのおっしゃることは全く逆です。自然の営み
そのものすべてに人が順応していくことが本来の農業だと言っているんですね。

 ぼくは最近同じことを繰り返し書くようですが、人が物を作り出すんじゃな
なくて、土の声を聞けば陶器になったり人形になったり、木の声を聞けば材木
になったりペンダントになったり。ぼくたちは自然物に意志はなく、それを自
由に使うのが人だと勘違いしてきましたが、ほんとうは対象物の意志を聞き、
それを成りたい形に導くのが人のお役目なんですね。まあ、産婆さんのような
ものです。

 農作物も同じです。人の都合でなく、自然の営みそのものに順応していくこ
とが自然農法なんですね。

 理屈はともかく、田植えの場面には驚きました。耕さず、その田に生えた雑
草、稲の藁のすべてはその田の土に返します。ということは、地面は雑草だら
けです。そこに稲の苗を植えていくわけです。

 ぼくたちが田植えでイメージする、耕して水を張ったぬかるんだ田んぼに苗
を植えるあの光景とはまったく別のものです。細いヒモで植える場所をマーキ
ングして、雑草をかき分け、土を軽く掘り、そこに1本1本の苗を植えていき
ます。見ていても気が遠くなる光景です。でもその土はスポンジのようにふわ
ふわと軟らかく、柔軟性があり水分をしっかりと保っています。

 普通、雑草の中に稲の苗を植えたら、苗は雑草に負けて枯れてしまうと想像
します。しかし、自然の営みにそって植えれば、稲は育つそうです。草には、
「夏の草」と「冬の草」があり、その草たちが生え替わる時期があります。稲
は夏草。だから、冬の草が枯れるころ、タイミングよく夏の草である稲の苗を
植えれば、おのずから冬の草は枯れはじめ、稲がすくすくと伸び始めます。

 一度根付いた稲は、すこぶる頑健で、その葉や茎は固く、害虫と呼ばれる虫
たちも食べないそうです。秋には豊かに実り、すべて手作業のカマ刈り、天日
干です。脱穀も原始的な手作業で行い、藁はすべて田んぼにばらまきます。そ
の土地に生えたものは、その土地へ帰すのが原則とのこと。そしてそこに冬の
草になる麦の種を蒔くというわけですね。

 川口さんはこんな言葉も残しておられます。
「人もまた自給自足、自作自愛、自立自営です。それに必要な知恵と能力は与
えられています。ひとり一人が家々が村々、島々、国々が・・・ そして人類
はこの地球上で自給自足です」。

 ぼくは、環境問題がどうの、資源がどうの、ゴミがどうのと、いろいろな議
論をたくさん耳にしますが、それよりもまずは自分に与えられた仕事というか、
生きていること、そのことを十分味わい尽くして、ありがたいなあ、と思える
こと、それが大切だと思っています。すべての問題は自分の心の反映だと思う
し、ならばできることと言えば、自分の本心を輝かせること、それが最善であ
りすべてであると、ぼくはそう信じています。

 天職に出会うこと、それが本心を輝かせる第一歩かもしれません。「半農半
X」もまた、参考になる生き方かもしれませんね。

 

 

 HOME  21世紀に伝えたい偉人100トップ