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富永仲基からの伝言
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43 富永仲基(とみなが なかもと)1715〜1746
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江戸中期の学者。大阪の人。陽明学を学んだのち仏教に入り、
仏教を批判的に研究した『出定後語』を著した。
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              注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント


■ 達者は、時と処とによりて、しかしてその律を制す。

※その道の達人は、時と場所に応じて規則をさだめるのであり、
 いたずらに過去の例に拘泥することはない。


          *****


◇「2月22日、午後2時22分、バンコク国際空港に到着いたしました」
機内のアナウンスとともに、座席を立ち上がりました。

 お尻が痛い。6時間も飛行機に乗っていたのが原因だけではなく、どうもデ
ンボができているみたいなんです。デンボ?って腫れ物のことです。今回の旅
はデンボで始まり、デンボで終わりました。

 あのお尻の柔らかいところにできるニキビの親玉のようなデンボ。けっこう
痛いんです。このデンボ、旅行中の最盛期は片手のひらがすっぽりうまるくら
いに腫れあがってしまっていました。

 それはそうと、いつも暇なぼくのところに、旅立つ直前だというのに2つの
仕事の依頼がありました。

 一つは本の編集。ぼくの今の名刺には「本づくりアドヴァイザー」と「吉備
のこづかいさん」と書かれています。本づくりといっても、ぼくが親身になっ
てあげられる人、興味のある内容のものでなければ受けません。中途半端なも
のは作りたくないからです。この仕事はタイから帰ってから取り掛かることに
なりました。

 因みに、吉備のこづかいさんとは、
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「こづかい連盟」の連盟員は、常にこづかいさんとしての謙虚な姿勢を忘れず、
人に限らず、地球上に存在するありとらゆる自然、生き物に尽す。たとえ些細
なことでも宇宙全体に愛の種をまき続け、未来の子ども達に美しい地球を残し
ていくことを使命とする。
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とまあちょっと格好はいいのですが、数名の友人たちと「こづかいさん連盟」
なるものを楽しみながらやっています。こづかいさんは「身も心も魂も、すべ
ての命を捧げます。どうぞ神様のお役にお使いください」といつも約束をし続
けています。

 それからもう一つの仕事は、フライヤーのデザインをして欲しいという依頼
がありました。アーティストは誰かと聞くと、スーザン・オズボーンとのこと。

 ぼくは最近とてもわがままに仕事をしています。気が向く仕事、ワクワクす
る仕事、楽しそうだなあと思う仕事は引き受けます。そうでないときは正直に
断ります。そのかわりギャラは安くてもいいから。もしギャラが出ないのなら
貰わなくてもいいです。だからワガママにやらせてください。

 そういう条件で、今回はなんだか楽しそうなので引き受けさせてもらいまし
た。でも、1週間もないのです。原稿もまだそろっていない。もう時間をかけ
る暇もないので、とりあえず徹夜覚悟でかかりました。なんとかカタチができ
たなと思ったところに大幅修正、そのうえ3カ所で開催されるとのことで3種
類必要になりました。

 関西空港から旅立つため、前日大阪入りしたのですが、友人宅を借りて夜遅
くまでばたばたしていました。

 ようやく終え、お酒を飲みながら会話を楽しんでいたら午前3時半。2時間
ほど仮眠をして午前8時に関空の集合場所に無事着いたのでありました。

■初めてのタイ旅行

 旅の伴はうら若き女性3名とぼくの4人。その1人は数日遅れて到着するこ
とになっています。なぜか最近、一緒に行動したり旅をしたりする9割以上は
女性なのです。30代半ばまでは、古典の勉強会などに参加していたので、交
わる人のほとんどが60代以上の男性でした。

 男性と女性というのは、もともと本質が違います。しかし、どちらの性にも、
男性性と女性性が潜んでいます。そのどちらが多く顔を出しているかによって
特性が変わってきます。ぼくは数年前から、幾人かのヒーラーたちに胸のチャ
クラを開放することをススメられました。そこに潜む女性性を開くことによっ
て、ひとまわり大きくなるそうなのです。

 男性社会といわれてきた現代社会に、ぼくはもう飽きました。成果を上げる、
思いを実現する、そういう男性的な思考、そういうものに興味がなくなったの
です。良いとか悪いとか、儲かるとか儲からないとか、好きとか嫌いとか、そ
ういうものはどうでもいい。

 マイナスは黒い雲、プラスは白い雲。黒い雲が白い雲になっただけでも幸せ
です。マイナスの言葉ばかりを好んで使うと、マイナスの雲(黒い雲)が現れ
ます。プラスの言葉ばかりを好んで使うと、プラスの雲(白い雲)が現れます。
いかにして黒い雲を白い雲にするか、これが成功哲学の原理です。でも、これ
は20世紀の思考です。

 黒い雲も白い雲も、雲は雲。太陽をさえぎるものです。相対で考えているう
ちは、太陽はさえぎられているのです。太陽とは「感謝」です。ありがとうと
感謝しているときは、良いとか悪いとかの批評の心はいっさいありません。い
つも心に太陽を、そうすると現状が良くても悪くてもありがたいのですね。

 話しが脱線してしまいました。タイ旅行の話しにもどりましょう。バンコク
へ着いたぼくたちは、その日に宿泊する宿へ向かいました。

 今回ぼくたちをナビゲートしてくれるSさんは、数年前にタイに魅了され、
暇があると旅をしているタイ通です。その彼女が選んだ宿泊地はバンコクのカ
オサンというところ。ここは世界のバックパッカーたちが集まる聖地と呼ばれ
ています。

■タイ事情

 メーターを使わない悪質なタクシーにぼられそうになりながら、蒸し風呂の
ような喧噪の中を、汗だくでたどり着いたのは裏通りに面する古い鉄筋のホテ
ル。シングル130バーツ、ツイン200バーツ。1バーツ約3円です。あい
にくシングルは空いていなかったので、ツインを2部屋借りて、ぼくは一人で
ツインを使いました。

 トイレ、シャワーは共同。水シャワーです。タイではトイレットペーパーを
使いません。原則として水で洗います。水溜めがあって、洗面器で水をすくっ
て使います。ぼくはさすがにトイレットペーパーも使いましたが。ホテルには
ウォシュレットがついていました。ウォシュレットといっても、シャワーの小
型のようなホースです。

 でも驚くことに、タイのどこのトイレに行っても、すべて水洗なのです。水
洗といっても洗面器の水をぶっかけて流す手動水洗ですが。ぼくが一時、東大
阪の安アパートに住んでいたときは汲み取りでした。そういう意味では、タイ
のトイレ事情は日本より進んでいます。

 シャワーを済ませて、ちかくのお店で食事しました。はじめてのタイ料理。
口にしたタイサラダは、むせるほどに辛かった! でもおいしい、タイ料理は
ぼくの口にあう。

 現地の人と同じように屋台で食べると1食30バーツ、100円くらいです。
タイの主婦は料理をしないとか。ほとんど外食なのだそうです。これは余談で
すが、1夫多妻制とも聞いています。

 食後は、近くを流れるチャオプラヤー川のほとりを散歩し、公園でくつろぎ
ました。午後6時になると、国家が流れます。すると全員が直立不動。ぼくた
ちもみんなに合わせました。その後、この公園ではエアロビクスがはじまりま
した。100人以上の老若男女が、ムキムキのインストラクターに合わせて、
踊る、踊る。ぼくたちも参加して、踊る、踊る。気がつくと1時間も踊ってい
ました。

 へとへとになりながらも、ぼくたちは疲れを忘れていました。その後、カオ
サン通りに行きました。屋台のようなお店が並び、ものすごい人。人種も様々
です。今までに経験したことがない、異国の情緒。この通りは、朝方までお祭
りのようなこの状態が、毎日続くそうなのです。おそるべしタイパワーです。

 タイの足マッサージも体験しました。1時間160バーツ。ぼくの足をマッ
サージしてくれたおばちゃんはとても力が強くて、痛かった。みんな痛かった
のかと思ったら、そうでもないらしい。タイ最終日に確認のため、もう一度一
人で行って体験したら、その人はとても上手で気持ちよく、寝てしまいました。

 ぼくたちはここに2泊。その間、有名な涅槃仏寺院に行ったり、王宮が見渡
せる王宮広場でゴザをかりて寝ころんだり、いろいろ楽しみました。

■いざ、南へ

 3日目、ぼくたちは南へ。クラビから船に乗って孤島に向かうのです。行き
先はまだ決まっていません。行ってから決めようということになっています。

 クラビまで夜行バスで12時間。このバスは国営のVIPバスなので、乗り心
地はかなりいいです。500〜700バーツくらい。夜食までついているので
す。それも車内食ではなく、途中の食堂で食べます。朝にはモーニングコーヒ
ーが出ます。タイのコーヒーはなんであんなに甘いんだろう。

 朝日に照らされながら、ぼくたちのバスはクラビに到着しました。これから
観光地もいっさいないという、ただあるのは海と緑だけの離れ小島で6日間を
過ごすのです。現代社会に慣れた人にとっては、ある意味、島流しのようなも
のです。

 この頃、お尻のデンボは、絶好調とばかり腫れあがっていたのであります。
痛みを覚えながら、幾度バスの中で寝返りをうったことか・・・。

「タイ紀行」(前編はここまで)
(後編は上杉鷹山からの伝言につづく)

 

 

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