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上杉鷹山からの伝言
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44 上杉鷹山(うえすぎ ようざん)1751〜1822
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江戸後期の米沢藩主。名は治憲。
上杉重定の養子となり家督を相続し、藩政の改革を断行。
興譲館を設立して藩士を教育。その教化は士庶に及んだ。
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注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント
■ 日用左右(そう)の給仕は、遅緩(ちかん)をいとはず、
敏達(びんたつ)に趨るべからず。
※日常生活の諸々のことに、じっくり味わう心の余裕を持とう。
何ごとも、早ければいいというものでもない。
急ぐべからず。ゆったりとね。
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◇富永仲基からの伝言「タイ紀行」(前編)からの続きです。
日に照らされながら、ぼくたちのバスはクラビに到着しました。これから
観光地もいっさいないという、ただあるのは海と緑だけの離れ小島で6日間を
過ごすのです。現代社会に慣れた人にとっては、ある意味、島流しのようなも
のです。
この頃、お尻のデンボは、絶好調とばかり腫れあがっていたのであります。
痛みを覚えながら、幾度バスの中で寝返りをうったことか・・・。
(ここからつづきです)
なにげなく左足の太股付け根あたりに手をやったとき、痛みを覚えました。
何でかな? と思いつつ、ああ、もしかしたらリンパ腺かな。これだけデンボ
が腫れあがっているんだもの。
ぼくはこのデンボ君が、お尻にくっついて一緒に旅をしたいというその気持
ちを薄々察していました。デンボ君にも「思い」があるのです。ある意味、デ
ンボ君の供養の旅でもあると、感じていました。
人は何のために生まれてきたか、知ってます? 人は過去から積み重ねた思
いの借金を返済するために生まれてきています。前号で触れたように、思いは
「雲」です。これは借金なので、思い(雲)を消し去ると太陽が現れます。
20世紀までは思いを果たすために自己実現にやっきになってきました。そ
の結果が戦争です。自己の思いを果たすためには、それを阻むものを削除しな
ければなりません。
思いを果たす裏には、思いを果たせなかった側の恨みという新たな思いが生
まれます。これを延々と繰り返してきたわけです。思いがつのると重くなりま
す。思いは重い。人類はどんどん重くなって、どうしようもないところまで来
てしまった。
しかし21世紀になって、何かが変わりました。それは、これからは思いを
蓄積する時代ではない、ということです。思いがどんどん消し去られて、軽く
なっていくだけです。
思いが消え去るときは雨が降ります。思いという水蒸気は蒸発して雲として
蓄積されます。その雲は「原因」です。その原因は低気圧などの「縁」によっ
て、雨という「結果」を降らせます。すると雲は消え去ります。
人間の思いも同じように、気づかないうちに蓄積されて、人間関係によって
引き金が引かれて、なんらかの出来事に遭遇します。
これからの時代、もしかすると豪雨に見舞われることもあるかもしれません。
それだけ思いという雲がしっかりたまっているからです。でも大丈夫です。嵐
が過ぎ去れば、清められた環境が必ず巡ってくるのですから。
デンボ君にも思いがあります。その思いがデンボというカタチになって、消
え去ろうとしている。たいていは症状が現れたときに病気が始まったと思いが
ちですが、ほんとうは症状が出たときには、その原因となる思いが消え去ろう
としているときなのですね。感謝して見送ってあげれば、すんなり消え去りま
す。
ところがたいていは心配して、なんとかしなくてはと慌てふためきます。す
るとどうなるか、そうです。新しい思いを作り上げてしまいます。その結果
は
悪循環でしかありません。症状が出たときには「こんなに軽く済ませていただ
いてありがとうございます」と感謝するのが本当です。でも思いにがんじがら
めになっていると、そうはいかないものでもあります。
■いざ、孤島へ。
またまた余談が長くなってしまいました。さてさて、ぼくたちは船乗り場か
ら中型の船に乗り換え、JUM島(チャーム島)という島に向かうことになりま
した。果たしてどんな島かもわからない。ガイドブックによるといくつかのバ
ンガローがある。
船に乗ると、チャーム島から乗り込んだ数名の現地人がバンガローの案内を
しにやってきました。その中でぼくたちは海の見えるコテージを借りることに
しました。4人部屋で1日1100バーツ。1人1日275バーツです。
1時間半ほど船に揺られていると、ある島が見えてきました。縦に長細い島
です。ぼくたちは胸に「ANDAMAN」と書かれたシールを貼られて、船のデッ
キに出るように言われました。するとそこに10人も乗れない船外機のついた
ボートがやってきたのです。え、これで乗り継ぐの?
そのボートに乗り込み、ある浜辺を目指しました。この島には船着き場がな
いのですね。長く続く浜辺にはいくつかのバンガローの群れがありました。そ
の端っこに近いところへ、ボートはたどり着いたのです。
「うわ〜、ほんとになんもないよね」。いくつかのコテージが建ち並ぶ中庭
を通り、レストランらしいカウンターでチェックインを済ませました。案内さ
れたコテージは、海の真っ正面に面したきれいな建物です。たまたまここが運
良く空いていたみたいなのですね。ぼくたちはここで5泊することになります。
まわりに日本人は一人もいません。西洋から来た人たちが多いようです。み
んなあまりにも穏やかすぎて、昨夜までのバンコクの夜とのギャップさえ感じ
ます。
ぼくたちは疲れもみせずに水着に着替えて海に飛び込みました。水は超きれ
いとはいえませんが、遠浅で海底がよく見えます。
これからの6日間。特別に書き記すことはありません。朝日とともに目覚め、
木陰のビーチチェアーで読書をし、音楽を聴き、お昼ご飯を食べ、海で泳ぎ、
海に沈む夕陽にうっとりする。それから夕食を楽しんで、満点の星空を眺め、
溜息。じゃ、そろそろ寝ようか。うん。おやすみ〜。そして朝・・・。
これを繰り返すのです。どの日に、どんなことがあって、何を見て、何をし
たか・・・。もう日付も曜日も分かりません。ただ、レストランの食事はどれ
もおいしく、いつ何を食べたかはなんとなく覚えています。どれもほんとうに
おいしかった。
ぼくたちは1人1日250バーツ以内で過ごそうと決めていました。という
のも、みんなの持ち金を合計すると、そうしないと支払いができないことが判
明したからなのです。
西洋から来た人たちは、一日中炎天下で日光浴をしていました。みんな真っ
赤になるまで。ぼくたちは日焼け止めを何度も塗って、泳ぐとき以外は木陰で
過ごしました。それでも帰るときにはみんな日焼けしていましたが。
■朝の瞑想
ぼくは毎朝、朝日が昇るころには目覚め、一人抜け出して浜辺を歩きました。
そして人影のない(というかもともと人がいないのですが)浜辺を見つけて瞑
想をしました。はじめのうちは虫がとまったり、蟻が足をはったりして、少し
も集中できません。1時間ほど波のリズムや風の感触、鳥や虫のささやきを聞
いていました。
2回目の朝、同じ場所で座っていると、一匹の犬がやって来ました。この島、
というか、タイには犬の放し飼いが多いのです。どの犬も穏やかです。タイで
は犬に噛まれたら、人間として認めてもらっていないから恥ずかしいことだ、
そうです。噛んだ犬が悪いのではなく、噛まれた人間が間抜けだ、というので
すね。
その犬は、ぼくの手を2,3回ペロペロと舐めて、ぼくの横にちょこんと座
りました。ぼくは気にせず、瞑想に入ります。犬はノミがいるのでしょう、ぼ
りぼりと体中をかくのです。するとぼくの方に砂とか、わけのわからないもの
が飛び散ってくる。ちょっとワンちゃん、勘弁してよ、と思いつつ、集中集中。
そのうちぼくは犬が近くにいてくれるという安心感か、波の音に誘われるよ
うに深い瞑想状態に入りました。大地の存在を感じ、木々の間から吹き込むさ
わやかな風が体を撫でていく。悠久の時空にただ、いるのは自分だけ。
どれくらい時間が経ったでしょうか、しばらくして、目を開けました。そこ
には例のワンちゃんが気持ちよさそうに寝ていました。ああ、ぼくが気持ちい
いと、ワンちゃんも気持ちいいんだなあ。ぼくが背伸びをすると、ワンちゃん
は再び自分の体をぼりぼりと掻き始めたのです。
お前ちょっと臭いよな、それにそんなにぼりぼり目の前で掻かれたら、こっ
ちまで痒くなるよ。もう少し瞑想するから静かにしておいてくれるかい? そ
う語りかけていたら、そこにある1匹の他の犬がやってきました。するとワン
ちゃんは、猛然とその犬を追いかけ、追い払い、またぼくのところへやってき
てちょこんと座りました。
ぼくが瞑想しやすいようにしてくれているんだな、と感じました。それから
もうしばらく瞑想をして、目を開けました。そしてワンちゃんに、もうお前の
お役目は終わったから行っていいよ。そう言って目を合わせたら、すっくと立
ち上がって、ぼくから去っていきました。
ぼくはこの犬に、浜辺での瞑想の仕方を教わったように思いました。
翌朝も同じ場所に座っていると、そのワンちゃんが来て、昨日と同じように
ぼくの側にちょこんと座り、またぼりぼりやり始めました。ぼくの方はすっか
りこつを覚えていたので、すぐに深い瞑想に。1時間あまりして目を開けると、
そこにワンちゃんはいませんでした。
■同じ時を過ごす
同じ地球上でありながら、こんなにも時間の過ぎ方が違うのか。そしてそこ
に住まう人たちも、朗らかで人なつっこくて、動物たちもとてもフレンドリー
です。心を乱すような感情や言葉は、ここにはありません。
バンガローはこの島の唯一の観光収入を得るところなのだと思います。お世
話をしてくれる人たちはみんな若く、笑顔がとても素敵でした。朝になると、
となりの浜辺か村か分かりませんが、そこから浜辺を歩いて出勤してきます。
そしてまた、同じような一日が始まるのです。
今このときにも、同じ時間が、この島にはあるのですね。
最終日、みんなで最後の夕陽を楽しみました。水平線に沈む太陽と空は、想
像を超えた変化を見せます。かといって何か特別変わったこともない。何も変
わらないということは、ほんとうはすごいことなのかもしれません。
全日快晴。思い、雲のないすっきりとした心を象徴するかのような、天気で
した。
因みにデンボ君は、瞑想時に天地とつながったぼくの体を使って、ぐんぐん
と思いを天に返していくことに成功したようです。
旅を終える頃には、すっかり痛みも腫れも引いて、晴れやかで穏やかなに光
に戻ってい行ったのでありました。
(おわり)
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