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石田梅岩からの伝言
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46 石田梅岩(いしだ ばいがん)1685〜174
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江戸中期の心学者。石門心学の祖。丹波の人。
名は興長。 神、儒、仏三教を合わせた実践的倫理思想を平易に説く。
主著に『都鄙問答』『斉家論』
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注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント
■ 書物ヲ読ミテ書ノ心ヲ知ラザレバ、学問トハイハズ
※すべてのものに心がある。
声なき声を聞くには、謙虚さが必要である。
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◇昨夜遅く、出雲から帰ってきました。
今、手元に樹齢100年の煤竹(すすだけ)の笛があります。笛といっても
長さ6センチの小さなもの。これは出雲に住んでおられる笛職人であり笛奏者
でもある樋野さんからおみやげにいただいたものです。
樋野さんは自分のことを「百姓」と呼びます。ある小学校の雑誌に寄稿を依
頼されたとき「百姓」という言葉で自己紹介しました。しかし、その言葉は差
別用語だから使わないようにとの指摘がありましたが、あえて無理を言ってそ
のまま載せてもらうことになりました。百姓というのはとてもいい言葉なのだ
そうです。
ぼくたちは午前中に樋野さん宅へ向かいました。訪れたご自宅はのどかな田
園地帯。50歳過ぎのにこやかなご夫婦が自宅前でお迎えくださいました。
樋野さんはお話しの中で、座右の銘を教えてくれました。
「私はいい年になって、座右の銘という言葉さえ知らなかった。ある校長先
生に聞いたら、自分の琴線に触れる言葉、自分が大切にしている言葉のことだ
と教えてくれた。それで思いついたのが“来るものは拒まず、去る者は追わず”
だけどちょっと違う。それで“来るものを招き入れ、去る者を送り出す”とし
た。これが私の座右の銘です」
樋野さんの場合、言葉があって行動が伴うのではなくて、行動があって、そ
れにあてはまるこの座右の銘が後からついてきた。だからこの言葉はものすご
く説得力があります。ご本人に会うとそれがひしひしと伝わってきます。
■独学の笛
樋野さんは農業の傍ら、26歳のときに笛と出会い、独学で笛を研究しはじ
めます。そして独自の笛の世界を切り開き、今では海外での公演にも招かれる
までになっています。
ぼくたちは居間に通され、いろいろと笛の話を聞かせていただきました。横
笛や篠笛をたくさんの笛の中から4本だけ出してこられて、つぎつぎとオリジ
ナルの演奏曲を聴かせてくれました。どれも立派で樹齢100年の煤竹に桜の
皮を巻いた光沢のある芸術作品。
その笛の中でも、とくにぼくが印象深かったのは、2本目の笛で演奏してい
ただいた曲。これは出雲をイメージして作曲したものだそうなのですが、目を
閉じて聞いていると、立派な龍がぐんぐんと天に舞い登っていく、ぐんぐん、
ぐんぐんと。そして風と共に雲のまにまに消えていくイメージがはっきり見え
ました。
あとでそのことを伝えると、これは「龍笛」といって、天と地を結ぶために
使われていた笛だと教えてくれました。ああ、すごいなあ、と感嘆。
樋野さんは独学で笛のルーツを探った。そして弥生時代まで遡ると土笛とい
うものがある、と言って、2種類の大きさの土笛を出してこられて、演奏され
ました。なんと懐かしい音。そぼくな音色にうっとり。ああ、いいなあ〜。い
つの日か土笛を野焼きでいっしょに作る約束をしました。
■原始の笛
そして最後に革で出来た小さな袋を出してこられた。これは笛の原点だと言
って、8センチくらいの黒い石を見せてくれました。よくみると直径1センチ
くらいの穴が空いている。この穴はある貝が自分の住みかとして長い年月をか
けて空けた自然の穴だと教えてくれました。
「これは5000年前のものなのだけれど、数年前に浜辺でみつけたもので
す。何かのカタチをしているのだけれど、わかりますか?」
ぼくたちはまじまじと見て、いろいろと連想して「米」だとわかりました。
「そう、米のカタチをしているんです」
そういって、樋野さんはおもむろに石を唇に当てて息を穴に吹き込みました。
ピュ〜ピ〜・・・
という凄まじい音。体の細胞を突き抜けて、音が背後に抜け、それは天へと戻
って行く。一瞬にして自分が音になった感覚。こんな表現で伝わるでしょうか。
とにかくすごい。
原始の音は天への感謝の表現だった。音によって伝えようとした。この笛は
「磐笛(いわぶえ)」というそうです。原始の笛。
樋野さんが浜辺でこの石を見つけて、鳴らした。その瞬間、波の音や風の音、
一切の音が無くなって、ただ磐笛の音だけが鳴り響いた。すごい体験だったと
話してくれました。
横笛から土笛へ、そして磐笛に。ほんの数時間にしてすっかりぼくたちはタ
イムスリップしてしまいました。とても不思議でなんとも言葉に表現できない
ひととき。
今、自分が人としてここにいる、その原点に立てたような感覚です。
■シンプルに生きよう
ぼくたちは樋野さんが作った無農薬の米で結んだおむすび。それに近くで採
ってきたタケノコ。エンドウ豆にワラビのお浸し。香のもの。このシンプルで
心のこもったおもてなしをいただきました。どれも自給自足の生命の宿った食
たちです。
今朝ネットで検索していたら樋野さんのこういう言葉を見つけました。
「自給自足、自分の飯を自分で作ることが基本。収入は少ないけれども支出
も少ないから、生活は成り立つ。私は生きること自体を楽しんでいるから」
ぼくは樋野さんは経済的にも裕福な人だとばかり思っていました。とても豊
かで、ゆったりとしていて、心に余裕がある。お会いした後にこの言葉を知っ
て、ほんとうの豊かさとは金銭で換算できるものではないということを教えて
もらったように思います。
樋野さんの豊かさは本物です。いかなる状況においても決して奪うことの出
来ない豊かさ。
食後、樋野さんは小さな笛をおみやげにくれました。それが6センチの煤竹
で作ったもの。竹の両側を指で押さえ、横笛と同じ要領で唇をあてて吹きます。
樋野さんはこう言いました。
「自分のイメージに作りたいために何かを探してくるのじゃなくて、今あるも
のを最大限活かして、何かを作る。ぼくはそれをやっているんです。この切
れ端は横笛を作るときに出た廃材ですが、それをなんとか活かそうと思って
作ったのがこの小さな笛です」
こんなシンプルなものでも、樋野さんにかかるといろいろな曲が産み出され
てきます。すごい。ぼくたちもなんとか音を出せるように教えてもらった。し
ばらくはぼくの宝物です。
そろそろおいとまの時間も近づき、ぼくはもう一度、あの磐笛を手にしてあ
りありと見つめました。
う〜ん、いいなあ。
う〜ん、いい感じ。
う〜ん、吹いてみたい・・・
どうしてもこの衝動が抑えられない。恐る恐る、
「これ、吹いてもいいですか?」
と小声で聞いてみると、
「いいですよ」との返事。
ぼくは石を両手で持ち、貝が空けたという穴に下唇をのせ、目をつむって、
息を整え、吹き込んだ。
ピュ〜、ピ〜・・・
すさまじい音が鳴った。鳴った! 磐笛がぼくを受け入れてくれた。今、こ
こから産まれた音がぼくの細胞の中に染みこんできた。ああ。よくもまあ、鳴
ってくれたものだ。
この石は5000年以上ものあいだ、どこを巡ってきたのだろう。山から川
に流れ出、下流へ下流へ、そして海。いろいろなことに遭遇したに違いない。
いろいろな生物に出会い、嵐に出会い・・・。
5000年前にこの磐笛を吹いた人がいるはずだ。どんな人だったのだろう。
それから誰の手に渡り、どこをどう旅してきたのか。
そして今、樋野さんの手にある。ぼくもこの日、出会った。5000年の情
報が詰まった音は、全細胞を揺さぶるほど、すごい。
今も、あの音色がぼくの中に残っている。遠い昔から、ぼくの中にあった音
が、今蘇った、といったほうがいいだろうか。
何か答えが欲しいときは、あの磐笛の姿と音を思い出せば、本来の原始の自
分に戻ることができるような氣がする。そして、すでに答えは自分の中にある
ということを思い出させてくれるだろう。
ぼくは磐笛になろう。
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