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井原西鶴からの伝言
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47 井原西鶴(いはら さいかく)1642〜1693
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江戸前期の浮世草子作者、俳人。本名平山藤五。大阪の人。
初め俳諧師として活躍し、のち、
浮世草子のジャンルを創始して数多くの名作を残した。
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注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント
■ 生(しょう)あれば食(じき)あり、
世に住むからは何事も案じたるがそんなり。
※生きていれば何とか食べていけるものだ。
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◇昨年、岡山に帰郷してからは自由旅人を名乗り、各地を気の向くまま、時間
の許すかぎり周遊の旅が続いて1年。今月になって、何かが変わった。
何が変わったのかなあ〜、一言では言えないが、垣根がなくなった。自由旅
人でさえも自由に垣根のない生活なのに、そのうえ垣根がなくなったとなると、
どうなってしまうのかと思われるかもしれない。
ぼくがこの1年経験してきた自由旅人というのは、現代社会が作り上げたし
がらみの垣根、一般的に常識だとされる垣根をとっぱらって、生きる。
ご飯を食べないと死ぬ。1食抜けば元気が出ない。しかし、先月旅をご一緒
した沖縄のHさんは40日間の絶食中だった。水と塩と砂糖だけ。それでもぴ
んぴんしているし、レンタカーを借りてご自身の運転で聖地を巡っておられる。
人は少しくらい食べなくても死なない。食べないと死ぬとか、食べないと元
気が出ないという、その思いが死を招き、元気を奪う。空気や水どうよう、最
低限必要なものは、いくら拒もうとも与えられる。
現代社会が作り上げた常識の基準はとても贅沢なものだと思う。その常識的
な基準に合わないと文句をいう。自由旅人は文句を言わないように練習してい
る。マイナスの中にプラスを見つける達人になりたい。
今月になって、何かが変わった。それは自由ということのとらえ方が変わっ
たのかもしれない。この1年は垣根の外が自由で、垣根の中は不自由という考
えだった。
でもほんとうの自由は、垣根の外でも、中でも、自由旅人でも、社会の一員
として仕事をさせていただいても、どれもオーケー。社会生活を避けていても、
ほんとうの自由はないということが、垣根の外を経験してみて気づいたこと。
本当の自由とは、どこにいても得られるもの。心の自由こそ本当の自由。ぼ
くは今のあるがままをすべて受け入れようと思った。来るものは拒まず、去る
ものは追わず。いや、もっと素敵な表現がある。
「来るものを迎え、去るものを送り」でいきたい。
これが吉備のこづかいさんという肩書きの、これからのぼくのテーマ。
さて、最近は、会う人、会う人、おもしろい人が多い。全部紹介でないが、
今回はこの人を紹介してみたいと思う。
「21世紀に伝えたい偉人100」では、すでにこの世にいない偉人たちに光を
あててその言葉を紹介してきたが、それに合わせて、できるだけ現代に生きて
いる哲人を紹介していきたい。この人たちは、すでに霊性に目覚めて新しい時
代に光を放っている人達。
ぼくが公開している「霊性の人々100の知恵」に少しずつ紹介していこう
と思っている。
http://www.kojobunko.net/
* * *
タイのチェンマイに、さとううさぶろう という人がいる。
うさぶろうさんの作る服のブランド名が“うさとの服”。
以前からお名前は聞いていたが、ご本人に直接お会いしたのは今年4月に京
都で開催された「スーザン・オズボーン コンサート」で。一見、お坊さんの
ような風貌でものすごくパワーのある、元気な人。とても軽やか。
それからちょくちょくスーザンコンサートのフライヤーや、うさとの服DM
チラシなどを頼まれるようになり、内容をまとめるには商品を知らないとでき
ない。うさぶろうさんの言葉や商品のコンセプト、そういうものに触れるにつ
れ、いつしかぼく自身が“うさとの服”のファンになっていた。
もともと、うさぶろうさんは企業デザイナーとして活躍していた。しかし限
界を感じ新たな進展を目指し、アメリカ・ワシントンDCへと旅立つ。2年半
をアメリカで過ごした後、ベルギーに移り住み、ヨーロッパを中心にイブニン
グやウェディングドレスなどを専門に作っていた。
その頃、とんでもない経験をする。それは人の思うことが分かってしまう、
突然として相手の考えていることが読めるようになってしまった。本人も何が
なにやら分からないし、自分に何が起こったのかを必死で勉強しはじめた。
未来のことが読める。その中で、今自分に何ができるのか問うたとき、やは
り洋服しかない、と再確認したうさぶろうさんは、素材を探しにいろんな国を
訪れた。
そしてたどり着いたのがタイだった。
最初の1年は6畳ほどの部屋に住み、安い鉄板の折りたたみテーブルの上で
パターンを引き、ペットボトルを鉛筆立てにした。チェンマイに移り住んでか
ら8年。今ではヘンプやコットン、シルクなどの素材を扱っている。
うさぶろうさんはこう言っている。
「今、多くの人が自然食とか、オーガニックの食べ物を取り入れていらっしゃ
るでしょう? そういう人は皮膚呼吸が活発になるんですよ。
皮膚呼吸のほうが、口や鼻よりも呼吸は大きいと思うんですが、多くの現代
人はそれを忘れているんです。服も同じです」
“うさとの服”は、ヘンプ(大麻)、コットン、シルクなどの自然素材を、
手で紡ぎ、手で撚り、その糸を草木で染め、タイの村人が作った素朴な機織機
で一反一反丁寧に機を織り、相当の時間をかけて作られている。
タイ国境に住むモン族からヘンプの糸を購入し、タイのイサン地方で染めや
織りをしている。このとき一切化学染料は使わない。自然染料で染めたものは
皮膚呼吸が活発になり、五感以外の感覚が活性化される。“うさとの服”を着
ると気持ちがよく、体が軽いのはそのためだ。
染めには、黒檀の実や紫檀の樹皮、藍、マンゴーの葉っぱなどを使い、色に
よっては80〜100回も「つける」「乾かす」を繰り返す。
皮膚呼吸が楽になる。赤ちゃんにも着せたい自然素材。「いのち」を感じる
服。これが“うさとの服”の特長といえる。
うさぶろうさんはこうも言っている。
「日本は工業化していて、服をモノとして作っています。布の裁断も何十枚も
重ねて裁つし、縫製も1人が同じ部分ばかりをまとめて縫う。
僕の洋服は、1人1枚。もの作りというのは、楽しく作ったもの、一生懸命
作ったものと、イヤイヤ作ったものとはエネルギーが違います。僕が心がけ
ているのは、売る段階まで楽しい気持ちでやりたいということ。そうすると
モノが喜びますしね。
染めも織りも、全面的にオーダーするのではなくて、ガイドラインのみをタ
イの職人たちに伝え、あとは作り手の感性に任せます。そのほうが作り手も
作る喜びを持って製作できるから」
この服を1着作るのに、合理的な日本人の感覚からすると想像もできないほ
どの時間と労力が費やされている。
そして、うさぶろうさんはこんなことも言っている。
「体の線に直線はないですよね? ほんとは洋服も直線はいらないんです。あと
もうひとつ心がけているのは、僕の個性をいれないこと。
まあ、個性的な洋服だけれども、着る人を引き立てるような作り方をしたい
んです。その人の内面を引き立てるようなね」
優しいラインの服を着ると、心も優しくなる。それが自分らしさにも繋がる。
ぼくも愛用しているが、一度身に付けると、手放せない。体も心も軽くなる。
「“うさとの服”を通して伝えたい私の思いは、みんなもっと地球と共鳴しよ
うよ、宇宙のエネルギーと共振しようよ、そしたら、ホントの自分がわかる
からさあ〜なのであります。
思いの表現は、人によって音楽であったり、踊りであったり、食べ物で表現
する人もいるでしょう。私の場合は、洋服で自然の息吹と愛を伝えていけた
ら、と思っています。
〜さとううさぶろう〜 」
以前、メルマガでもご紹介した、スーザン・オズボーンとうさぶろうさんは
同じ思いでつながれ、そして日本でのコンサートが実現した。そして、またま
たこの夏も数カ所でのコンサートを開催することになっている。
興味のある方は、ぜひ足を運んでみて。
★スーザン・オズボーン in 池上 実相寺
http://www.kojobunko.net/usato/jisso.html
★いのちの響宴
http://www.kojobunko.net/usato/inochi.html
“うさとの服”は店頭に並んでいません。各地で開催される展示会でしか購入
ができないようになっています。京都で近々展示会があるので、興味のある方
は足を運んでみてください。触れるだけでも元気になりますよ。
★うさとの服 in 京都・ちおん舎
http://www.kojobunko.net/usato/index.html
★うさとHOME
http://www.usato.jp/
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