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松尾芭蕉からの伝言
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48 松尾芭蕉(まつお ばしょう)1644〜1694
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江戸前期の俳人。蕉風の祖。伊賀国(三重県)上野の生まれ。
延宝8年、深川の芭蕉庵に入居。以後没年まで各地を行脚、紀行文を残し、
芭蕉俳諧の頂点をきわめた。
元禄7年、西国行脚の途次、51歳で病没。紀行文『おくのほそみち』が有名。
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              注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント


■ 今眼前(がんぜん)に古人の心を閲(けみ)す。

※多賀城にある壺の碑を見たときの感激を示す言葉。
 目の前に古人の心をはっきりと見る思いがする、の意。


          *****


◇最近、岡山の吉備人(きびと)という出版社とご縁がつながり、仕事をご一
緒させていただくようになった。この出版社はローカリズムをテーマに、岡山
のいい所、いい人たちの、とてもすばらしい本たちを世に出し続けている。

 本づくりに興味のあるぼくには、吉備人出版は以前から気になる存在であっ
た。地方でもこれだけ存在感のある出版ができるのだという、楽しみさえ与え
てくれる。

 去年の末頃、ぼくはこの出版社にラブコールのメールを入れたことがある。
ぼくの経歴と、本づくりに対する思いをしたためて・・・。しかし、返事が来
ることはなく、ご縁がつながるにはまだ時期尚早であると感じたので、そのま
まにしておいた。

■人の3倍働こう

 6月に入って、旅で資金を使い果たして懐もだんだんと寂しくなったのもあ
って、そろそろ仕事をしたいなあと思い始めていた。この1年間、自由旅人を
している間は、自分から仕事の営業するということは一度もない。ご縁で声の
かかった本の編集の仕事や、コンサートのフライヤーをときどき手伝う程度。

 ある日、ある人から「仕事はいろいろたくさんできた方がいいし、楽しいよ。
人の少なくとも3倍は働くことだね」という言葉が妙に心に響き、仕事を限定
するのを止めよう、何でもできる自分になろう。

 ひとつのことしかできないなると、なんとなく狭い世界に縛られた気分にな
るが、何でもできる、何をやってもいいということになれば、心は自由。なん
だか世界が広がったような気がする。

 その後も、ぼくの中では、なんとなく仕事モード。こういうときは、いろい
ろなものが流れ込んでくるものである。数ヶ月ぶりに、何気なく「吉備人出版」
のホームページを開いてみた。するとそこに「フリーランスの方を探していま
す」というコメント発見。ぼくはさっそく連絡をし、お会いして、仕事をご一
緒することになった。

■岡山での初仕事

 しばらくして仕事の依頼があった。それは岡山県観光物産課が公開している
「おかやま歴史の旅百選」というホームページを、吉備人出版の企画で1冊に
まとめて出版するというもの。縄文時代の古墳から、山城、古社寺、歴史に残
る人物にゆかりの地――県内の名所・旧跡約440カ所を、テーマや時代別 に
100のコースに分けて紹介する。

 今回の仕事は本に挿入する予定の写真で、まだ撮影されていないもの、写 真
はあるが印刷に対応できないものなど、100点以上足りないものがある。そ
の不足分を撮影して廻って欲しいとのこと。

 ぼくは5日間かけて、神社仏閣、旧跡を巡る撮影の旅に出ることになった。
旅をしながら仕事ができる、なんともぼくにぴったりの仕事だ。

 さっそく翌週明けから始めることになった。ひとつだけ気になるのは台風。
この旅が始まる前日に台風10号が上陸してきたからである。

 当日、雨さえ上がっていれば早朝から出発して、県南西の倉敷市から始める
予定にしていた。
 

 
■いざ、撮影の旅 県南西

 朝6時には目覚めて窓から外を眺めた。何だか様子が違う。自宅の庭をよく
見ると、10数年来育ってきたキウイの木が枝を巻き付かせたサクごとぶっ倒
れている。幹も20センチ近くあるしっかりした木だったのに。今回の台風が
どれだけ強風だったかをうかがわせる。

 台風一過を予想していたが、台風が過ぎ去った翌日も雨模様。昼前になって
も雨がぱらついている。雨は翌々日まで降るとの週間天気予報。

 でもぼくは雨を気にせず出発することにした。それは自分が「晴れ男」だと、
何の疑いもなく信じているからである。今まで幾度となく、大切なときだけは
奇跡的に晴れ男を演じてきた。(ただし、どちらでもいいときは雨に遭うが)
今回も大丈夫だろうと思い、雨の中を南へ車を走らせることにした。

 そして1つ目の撮影場所が近づいてくると、空にぽっかり青空がのぞきはじ
めた。それから行く先々、この日は一度も傘の必要なく、まずは撮影も順調に
進み、この日最後の場所を取り終えた。ああ、やっぱり晴れ男だなあ、ぼくは
・・・。

 そして車に乗り込み、しばらく車を走らせた瞬間、バケツを逆さにしたよう
な雨が降り出してきた。もう我慢ならん、というような・・・。

 翌日は、倉敷の西に位置する笠岡市方面へ。空は快晴。暑いくらい。少し曇
ってくれたらいいなあと思うほど。週間天気予報はまんまと大はずれ。金光教
発祥の地である金光教本部なども巡った。

■緑の深い県北の旅

 次の日は県北東へ。空は快晴。高速に乗って美作ICで降り、奈義町を経由し
て大原町へ。奈義町には法然上人が比叡山に登るまでの幼少時を修行したとい
う菩提寺がひっそりと佇んでいる。大原町は武蔵の里として有名。


 
 夕刻も迫り、大急ぎで撮影地を経由して、北西へ向かうために高速を使って
落合ICで降り、勝山町を経由して湯原町へ向かった。

 そしてこの日は湯原温泉で1泊することになっている。うむ、なんていい仕
事なんだろう。旅ができるだけで楽しいのに、日当ももらって宿泊も経費で落
ちるなんて、おいしい仕事だなあ。インターネットで予約しておいた格安の宿
を目指した。

 宿も近くなったころ、出版社の担当者から電話が入った。雨は大丈夫ですか? 
と。???雨? こちらは大丈夫ですが・・・と応えた。

 そう、そのころ台風11号が発生して、南部に大雨を降らせていたのだ。
「ぼくは晴れ男だから雨には遭いませんよ」と冗談半分で返事をしたものの、
旅館に着くやそうそう、外は本格的な雨に。一晩中、地面をたたく雨の音は消
えなかった。

 朝、目が覚めて、温泉に浸かった。窓を開けて外を見ると、緑が雨に濡れて
輝いている。台風は奇跡的に過ぎ去っていたのだ。ああ、やはりぼくは今回も
雨に遭わなくて済みそうだ。

 ここ数日、岡山には相当の雨が降っている。でもぼくは一度も傘を使ってい
ない。外に出ると雨はやみ、室内に入ると雨が降る。ここ数年、ここ一番とい
うときはいつもこんな状態が続く。

 そしてこの日も順調に撮影の旅は進み、翌日、県南東の備前市付近を撮影し
て、契約の5日間は終わった。でも、あと数カ所廻りきれなかったため、翌週
に持ち越すことに。

■岡山の旧跡を護摩で奉納

 その翌日は、滋賀県のありがとう村で行われている「ありがとうございます
祭り」に参加することになっている。その翌々朝、午前3時から「ありがとう
ございます護摩」が行われることになっており、これは多くの人たちに光を届
ける祈りの儀式のようなもの。

 ぼくは今回巡った神社仏閣、史跡などの名称を、護摩木に記して奉納したい
と思っていた。なんで5日間かけて目まぐるしく岡山の旧跡を巡ることになっ
たのか、もしかすると光を届けるお役目もあるのではないかと、少しだけ感じ
ていたからである。

 ぼくはその前日、武家屋敷や昔の施設などは除いて、奉納したほうがいいと
思われる神社仏閣、旧跡等の名称を数え上げた。その数は49。そこで49枚
の護摩木を奉納することにした。

 当日、ありがとう村について、護摩木を奉納したい旨を伝えた。しかし一人
1枚とのこと。一人が奉納すれば、縁者すべてに光が届くという。

 それならそれでいいかと思い、表面に「ありがとうござます 名前」、裏面
にできるだけたくさん「ありがとうございます」を書いてくださいと言われた。

 ぼくは小さな字で「ありがとうございます ありがとうございます・・・」
と書き付け、数えてみると縦に6つ横に8列書くことができた。6×8=48。
むむ? 表の1つを加えたら49。むむむ。ちゃんと奉納したい49の数字に
なっていた。偶然か必然か、それはどうでもいいことだ。


 


 翌朝午前3時、ありがとうございます護摩は厳粛に行われ、荘厳な火柱を見
せてくれた。明け方には香音天という奏者その他多くの奉納パフォーマンスで、
場は大いに盛り上がり、ぼくたちは早々に岡山へと帰ってきた。



 その翌日、翌々日を使って、残りの撮影場所を巡って、岡山の旧跡撮影の旅
のすべてのスケジュールは無事終了。合計82カ所。走行距離1745キロ。
1000回は地図とにらめっこし、少なくとも200回は人に聞きながら、現
地を探す旅だった。同じ走行距離でも、走ったり止まったり、また走ったり止
まったり。人に聞いては逆戻り、行ったり来たりの繰り返し。そうとうに労力
を掛けた走行距離である。

 ここまで苦労すると、嫌でも地理に詳しくなる。ぼくの肩書きは「吉備のこ
づかいさん」。親しい知人はぼくが吉備のこづかいさんに磨きをかける旅だと
言った。ほんとうにそうかもしれない。また誰かを案内する、岡山の案内人に
なっていくのかもしれない、そんなことも思った。



■まごころは天に通ず

 今回の旅はいろいろな気づきを与えてくれた。

 人の想念はその時代、時代に業績やカタチを残す。その想念の余韻が旧跡と
して残っている。それはいろいろな人の力や、思いを経て受け継がれているも
の。いつしかその想念も浄化されて跡形もなくなるときが必ずくる。そのとき、
旧跡は跡形もなくこの世から消え去るとき。

 こうして人類の歴史は続いているということに、思いをはせる旅でもあった。

 そしてもう一つ感じたのは、業績や実績というものはあまり関係ないという
こと。後生まで受け継がれ、顕彰されるものは、やはりその人の信念であり、
誠の心。

 ぼくの座右の銘ともいうべき言葉に「至誠は息(や)む無し」というのがあ
る。これは『中庸』という書物の言葉であるが、「まごころは天に通じる」と
いう意味である。

 そして「まごころ」は、多くの人たちに顕彰されながら、後生へと受け継が
れていくのである。




 吉備人出版から出る「岡山歴史の旅百選」。これが一冊あれば岡山のガイド
ができるほど充実した内容である。岡山に興味のある方は、ぜひお手元に一冊
あると便利な本だと思う。9月発売予定。
(犬養毅、緒方洪庵、法然、栄西、良寛なども岡山にゆかりのある人)

 詳細は、吉備人出版ホームページ内の「近刊紹介」にあります。
 http://www.kibito.co.jp/

 岡山県観光物産課が公開している「おかやま歴史の旅百選」
 http://www.pref.okayama.jp/sangyo/kanko/rekishi100/index.htm

 

 

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