内村鑑三からの伝言
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19 内村 鑑三(うちむら かんぞう)1861〜1930
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評論家。キリスト教無教会主義の創始者。高崎生まれ。
講演、著述による伝道を行って、青年層に大きな感化を与えた。
主な著述に『余は如何にして基督信徒となりし乎』『代表的日本人』など。
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              注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント


■ 自然の自然は自然なり、人の自然は不自然なり、  
  自然の自然を描くは美なり、人の自然を写すは醜(しゅう)なり。

 

          *****


◇最近、私のまわりでは「スロー」が話題になっている。
スローライフ、スローフード、スロービジネス、スローイズビューティフル・・・

 はてさて、「スロー」とはいったいどんなものなのか。スロービジネスなど
というと、楽して、怠けて、働かない・・・どこかこんなイメージが湧いてく
る。勤勉な日本人には似合わない言葉かもしれない。

 しかし、私たち日本人はスピーディでハードな環境の中で生きてきたが、ふ
とまわりを見渡すとずいぶん大切なものを忘れていないだろうか。

 先日、ネットを通じて親しくなったスローなオフ会メンバーたちと、大阪心
斎橋のとある割烹料理屋の2階で食事をした。繁華街ど真ん中というのに、こ
この2階は東北地方のひなびた温泉旅館にでも来たような、そんな雰囲気のあ
る秘密の穴場である。いつも笑顔をたやさないお婆ちゃんが案内してくれる。

 クーラーをかけていない部屋に通され、強風で一気に冷やしてもらったが、
とにかく冷たいビールが飲みたい。まとめて3本頼んだ。しかし、温くなると
おいしくないからといって、突き出しを添えて1本だけ持ってきてくれた。2
階には冷蔵庫がなく、エレベーターもないので階段をわざわざ上らなくてはな
らないのに。

 さっそく乾杯し、一瞬のうちに1本目は空いてしまった。もうすぐ注文をと
りに来てくれるであろうから、まあ少し待ちましょう、ということで10分ほ
ど待ったであろうか。お婆ちゃんがメモとおしながきを持ってきてくれたので、
私は「注文をメモに書いておくので、ビールもう一本持ってきてもらえます?」
と告げると、はいはい、とニコニコしながら階下へ降りていかれた。

 それからおしながきを見ながら「鰹のたたき、タコぶつ、うまき、焼きなす、
鯛のかぶと煮」などをメモに書き込んだ。頼んだ料理は、ゆっくり一品ずつ、
間合いをはかったように出てくる。とにかくスローなのである。何もかもが・・・。
それがまた、超うまい!

 私は大阪で10数年来商売をやっているので、大阪商人のイラチ(せっかち)
加減は並大抵でないことを知っている。そういう自分もイラチな人間と渡り合
って来たのだから、いつの間にかそうした気分が身に付いてしまっている。が、
お婆ちゃんのこのスローなリズムは少しもイライラしない。本当に癒される。
お客への心配り、愛情が伝わってくるのである。

 最後にごはんとお付け物で食事を終えたのだが、お婆ちゃんは少なくとも、
10回以上階段を上り降りしてくれたであろう。合理的に考えるならば、まと
めて料理を出せばどれだけ楽か。それをあえてお客との間をとりながら料理を
出してくれる。このお店はけっして高価ではない。一人3500円くらいの安
くておいしいお店なのである。

 どうも心斎橋に出ると、ここのお婆ちゃんに会いたくなる。

 今年になって、私の中でスローな生活スタイルへの憧れがふくらみはじめ、
ついに最近ではスピーディでハードな生活というものに嫌悪感さえ感じるよう
になりはじめている。しかし、スローというのはどういうものなのかをはっき
りさせておきたいと思っていた矢先に、スローな食事を共にしたオフ会仲間が、
ある本を貸してくれた。『わら一本の革命』福田正信著(春秋社)という題名
である。

 この本を読んで、スローとはどういうものなのかが氷解した。私なりの言葉
で表現するとスローとは「しなくてもいいことを増やす」ことである。しなく
てもいいことを、しなければならないと勘違いして、ずいぶん忙しくしていな
いだろうか。

 もともと自然には春夏秋冬があり、春にタネを蒔き、夏に生長し、秋に刈り
取り、冬に土にエネルギーを蓄積するという、簡易なしくみで巡っている。こ
れがスローである。準備をしっかりして、働くときには思いっきり働く。そし
て成果をおおいに楽しみ、充電期間はすっかりくつろぎ、次の時を待つ。

 それに代えて、ファースト、スピーディというのは、自然の摂理を人間の力
でコントロールし、夏の食物をハウスで冬に収穫したり、農薬や化学肥料を使
ってコントロールしたりすること。これが人間の知恵として働けばすばらしい
ことだが、どうも智恵というよりはエゴによって行われているのが現状である。

 福岡さんはこう言っている。

「自然は、人間がほんのちょっとした智恵を加える、ちょっとしたハサミを加

 える、ちょっとした技術を加えたときに、とたんに狂ってしまう。その木の

 全体が狂ってしまう。とりかえしのつかない狂いを生じてしまう」

 これは福岡さんの農業技術者としての10年の生活と、50年以上の百姓生
活から得たものだそうであるが、その間、福岡さんが一途に追求してきたのは
何かと言えば“人知、人為は一切が無用である”という思想から出発して、な
んにもしないでやれる農法があるはずだと確信をもち、どうすれば何(なん)
にもしないですむかということだけを追求してきたという。

 何にもしないというと、無茶なようであるが、実は自然の中に必要なシステ
ムはすでにすべて準備されているにも関わらず、それに順応しきれない人間の
エゴがそのシステムを生かし切れていないのである。「人間は生かされている」
という日本古来の考えから、「いかに人間が自然を支配するか」という自己中
心的な考えが不自然を生み出している。

 今、スローな生き方が見直されているが、簡単に言えば「日本人らしい生活
を取り戻そう」ということにほかならない。私もこれから、スローライフ、ス
ロービジネス、すなわち自然の摂理にあった生き方に変えようと、真剣に考え
ている。そのヒントとして、福岡さんの言葉がずいぶん力を与えるので紹介し
ておきたい。

「ああすればよい、こうすればよい、という技術は随分知っているつもりでし

 たが、それをやればやるほど忙しくなるばかり、苦労するばっかりです。

 それより前から、いろいろ考えていた、米作りの考え方を根本的に変えた自

 然農法を実践してみたんです。よりよくするための“技術”の寄せ集めは一

 切やめてしまって、逆の方向をとった。あれもしなくていいんじゃないか、

 これもしなくていいんじゃなかったか、ということを追求して、それをみん

 なやめてしまった。

 だから、自分の米作りは、きわめて簡単なものになってしまって、もうこれ

 以上手を抜くところはないようになってしまった。」

 スローとは、省くことであり、自然の摂理にしたがって、自然はすでに必要
な物を私たちに与えてくださっていることを知ることであると思う。

 「しなければならない」という発想を、「あれもしなくていいんじゃないか、
これもしなくていいんじゃないか」という発想に転換することこそ、スローラ
イフの第一歩ではないかと思う。

 「しなくていい」―この言葉になんだかワクワクするのは私だけだろうか。









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