後藤 新平からの伝言
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23 後藤 新平(ごとう しんぺい)1857〜1929
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政治家。岩手県出身。貴族院議員、満鉄初代総裁などをつとめ、
以後、内相・外相・東京市長を歴任。
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              注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント


■ 学校を出(い)づる時は教科書と筆記録とを焼却し、
 改めて社会的新学生となる覚悟あれ。


 

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◇今の行き詰まりを回避するには、今つかんでいるものを手放す勇気が必要で
ある。


「ありがとうございます」
物心ついた幼少の頃から、この言葉を唱え続けている人が滋賀県におられる。
すでに50歳を超えておられるようだが、名前も連絡先も証されていない、通
称「ありがとうおじさん」と呼ばれている。

このおじさん、学生時代は貧乏で給食を食べられなかったので、昼休みになる
と教室を出て、ひたすら「ありがとうございます」を唱えていた。そして20
歳の時にある悟りを得て、20代は1月(30日)のうち21日は断食をして
過ごしていたという。今でも多いときで1日20時間、5万回以上「ありがと
うございます」をお祈りしながらすごされているそうである。

私も「ありがとうございます」という言葉がとても氣に入ったので、最近は暇
があれば心の中で「ありがとうございます」を演奏している。

ありがとうございます♪ 

ありがとうございます♪ 

無限の無限のありがとうございます♪♪♪

「ありがとうございます」は、不安な気持ちが起こったときに奏(かな)でれ
ば不安が消え去るし、嬉しいとき楽しいときに奏でれば、喜びが倍増する。そ
れも一銭のお金もいらないし、誰に教えてもらわならなくてもできる。

先日、大阪八尾にある旧家で、ロシアから来日したピッコロバイオリン演奏者
のコンサートがあり、すばらしい音を堪能させていただいた。生というのはす
ごい迫力、迫力とは音もさることながら、目前で演奏する奏者の熱気というも
のにうたれた。

そこにあるお寺の住職がこられていた。名刺を交換すると宗派が書かれていな
い。「宗派が書かれていませんが、何宗ですか?」「私のお寺は最近まである
宗派に属していましたが、今では脱退して宗派をもたないんです」そんな答え
が返ってきた。

宗派を持たないお寺。原点を辿るとお釈迦様にたどり着くが、まさにお釈迦様
に帰依するという説明をいただいた。他にそのようなお寺はないとお聞きした
ので、ずいぶん思い切った選択をされたものだと感じた。

そして「和」の大切さ、「和」といえば「和を貴しと為す」と憲法十七カ条に
説かれた聖徳太子こそ原点であり、これからは日本の「和」というものが大き
な役割を果たすだろうと語っておられた。

天地、宇宙、大自然の法則というものが存在している。そしてその原理を見つ
けて説いた教祖の教えが宗派となって伝わっている。「大自然の法則」(不易)
を「縦線」とするならば、「宗派」(流行)というものは「横線」にあてはま
る。この縦線と横線が廻転しはじめると卍となり、ぐるぐる廻りだせば○(円)
となる。この完全円満の様相こそ「和」といえる。

私はこの「和」こそ「ありがとうございます」だと思うのである。「ありがと
うございます」には宗派も派閥も存在しない。何の理屈もない「ありがたい」
から「ありがたい」のである。

釈迦にしろ、キリストにしろ、孔子にしろ何を伝えたかったかといえば、仏に
しろ、神にしろ、天にしろ、とにかく行き着くところは「感謝」であることを
伝えたかったのではないかと思う。真にこれが解れば、何の理屈がいろうか。
「感謝」があれば「謙虚」になり、「感謝」と「謙虚」さえあれば、戦争も闘
争もいがみ合いもなくなる。すべてが解決するのである。

「感謝」を知るために学んだ知識が霞(かすみ)となって、「感謝」という太
陽を見失っているのである。

「感謝」を説きながら互いに派閥争いをしている宗教というものは何と滑稽だ
ろうか。自己を肯定するために他を否定する。そうしなければならないのは、
人間が未だ成熟しきっていないからであるが、まあ、そのうち感謝にたどり着
くときが必ず来るだろう。

「ありがとうございます」は老若男女、時代を超えて誰もが口ずさんできた言
葉であるり、あまりにも身近で空気や水のような存在だった。

日本人の中には「惟神(かむながら)の道」、すなわち神代から伝えられてき
て、神慮のままで人為を加えない誠の道、言挙げしない教えが無言のうちに身
に付いている。この民族性が仏教、儒教、キリスト教などを和製仏教、和製儒
教、和製キリスト教へと培ってきたのである。

惟神の道をあえて言挙げするなら「ありがとうございます」となる。唯一、日
本人が神からいただいた言霊、それが「ありがとうございます」なのである。

いかなる偉人、哲人、聖人、学者にしろ、「ありがとうございます」に異論を
唱えた人を聞いたことがない。

まあ、理屈はどうでもいい。「ありがとうございます」を奏でていると幸せに
なれる。「ありがとうございます」を奏でていると心が安らぐ。それでいい。

「ありがとうございます」は水や空気と一緒である。

 ありがとうございます♪ 

 ありがとうございます♪ 

 無限の無限のありがとうございます♪♪♪


   ◇ ◇ ◇

今年になって、
『ありがとうおじさんの どう生きたらいいの?』
という本が自費出版されました。
http://www.ddn.ne.jp/~michi22/cv_douikitara.htm

興味のある方はぜひご一読を。
古い自分を脱ぎ捨て、新しい自分に必ず出合えると思います。
価格は「自由価格」です。

出版されたのは「やすらぎ村」の村長さん。
http://www.ddn.ne.jp/~michi22/yasuragi.shtml






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