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安岡正篤からの伝言
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 安岡 正篤(やすおか まさひろ) 1898〜1983 ===================================== 明治31年、大阪市生まれ。大正11年、東京帝国大学法学部政治学科卒業。 東洋政治哲学・人間学の権威。既に20代後半から陽明学者として政財界、 陸海軍関係者に広く知られ、昭和2年に財団法人金鶏学院、 次いで日本農士学校を創立、東洋思想の研究と後進の育成に従事。 戦後、昭和24年に師友会を設立。 財界リーダーの啓発・教化につとめ歴代首相より諮問を受く。 平成の年号の考案者として知られている。昭和58年12月13日逝去。 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 注)■は偉人の言葉 ◇は筆者の解説とコメント ■「六中観(りくちゅうかん)」 忙 中 閑 あ り (忙中につかんだ閑こそ本当の閑である) 苦 中 楽 あ り (苦味の中の甘味こそ真の甘味である) 死 中 活 あ り (身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ) 壷 中 天 あ り (奥床しき別天地) 意 中 人 あ り (何ごとによらず人材の用意がある) 腹 中 書 あ り (腹中に哲学、信念がある。万巻の書がある) ***** ◇東洋思想の名言というのは、とてもシンプルで、奥行きが深いため、 読む人の経験や読書量、思索や流した涙の量によって、 深くも浅くもなります。 ●忙中有閑● この「六中観」は安岡先生の『百朝集』という本に載っています。 この『百朝集』が出来上がるのにはあるイワクがあります。 終戦直前の爆撃が激しくなった頃、 安岡先生が日本の指導者を育成するために設立した金鶏学院において、 騒然としている状況を沈めるために、 毎朝、皆を集めて先哲の片言隻句を紹介して解説しました。 そんな日が百日つづいて終戦。 筆録したものがちょうど百朝になるので、 それをまとめたものが『百朝集』です。 こうした切羽詰まった状況下での講議録なので、 言葉にも力があります。 (因に安岡先生は終戦の詔勅にも筆をいれられたことで有名ですが、 ちょうどこのころの話です) 後に安岡先生は次のようなコメントを残されています。 「ただの閑は退屈して精神が散じてしまう。 忙中に掴んだ閑こそ本当の閑でありまして、 激しい空襲の中でも10分、20分の短い閑に 悠々と一座禅、一提唱できましたが、 こういうのが忙中の閑であります。」 企業経営にしても、この世知辛い競争の社会において、 朝の一時、社員一丸となって忙中の閑を得ることで空気が蘇ります。 「祈りの経営」で有名な某企業は、朝夕かかさず、 定時になると全社員がおつとめで「般若心経」を唱えます。 これも忙中の閑といえます。 ●死中有活● 安岡教学の神髄に「人物学」というものがあります。 その人物の条件として、 1、「元気、気魄」が旺盛であること 2、「志」を持っていること 3、その志をいつも持ちつづける「節操」があること 4、志にそっていかになすべきか、こうあるべきだという 「見識」、活断がたつこと 5、その見識にしたがって、物に動かない、 つまり誘惑や脅威に動かない。 錬磨された見識、すなわち「胆識」があること 人物となるためには、よほどの元気と志、 そしてあらゆる経験をなめ尽くすほどの勇気が必要ということです。 人物となるためには、ぜひとも次の3つを経験しなければならないと、 いつか本で読んだことがあります。 1、浪人生活 (羽振りのよかったときには近寄って来た人間も、 落ちぶれるとともに誰も近寄らなくなる) 2、闘病生活 (死との対面は誰にも頼ることができない) 3、牢獄生活 (社会的な接点を全て奪われ、断ち切られたとき、 真の自己と向かい合うことになる) 偉人の自伝を読んでみると、確かにこうした、 一見ありがたくない境遇の中で人物が練られ、 時勢を救う力ともなっているのであります。 私の中で最も強烈に人生の闇と光の交錯の中を生き抜いた人に、 西郷隆盛(南洲)があります。 僧月照との入水自殺未遂、島流し、反政府運動・・・ 「死中活あり」とはまさにこのことをいうのでしょうか。 「死中有活」死してこそ浮かぶ瀬もあれ。 『葉隠』に「武士道とは死ぬこととみつけたり」という言葉があります。 日本にも「武士道」というすばらしい精神がありました。 これはよほど深い宗教心がなければ体得できない境地のようです。 今や如何! ●苦中有楽● これについては「プラス思考」とい言い換えたほうが、 理解しやすいかもしれません。 苦楽をつくり出しているのは「心」に外なりません。 切羽詰まった状況下においては、 「現実をどうするか」ということよりも、 「わが心をいかにするか」ということが大問題です。 現実はわが心の繁栄にすぎません。 心に描いた映像はフィルムに焼きつけられて、 数日後か、数カ月後か、数年後か、もしくはもっと先に、 現実として写し出されるように出来ています。 これがこの現世のしくみです。 右手に屍(しかばね)の山、 左手に花畑。 どちらを向いて歩くかは、私たちの選択次第です。 そしてその選択によって、未来に現実を味わうことになります。 ●壷中有天● 「壷中の天」とは、よく聞く言葉ですが、これには故事があります。 費長房という市役所の役人がいました。 ある日、市役所の二階から窓外を眺めていると、 城壁に露天商が店を並べており、 一老翁が夕方になって店をしまうのを見ていると、 その老翁は城壁に懸けてあった壷の中に消えていきました。 ああいうのが仙人というものか。 翌日、老翁が店をたたむのを待ち構えて、 「あなたは仙人だろう。昨日、壷の中に消えていくのを見た。 ぜひとも私を一緒に連れていってくれ」 こう談判しました。 それでは、ということで、ふと気づくとすごい景色のよい所へ出て、 そこにある金殿玉楼の中に案内されて大いに歓待を受けました。 この逸話から「壷中の天」という言葉が生まれたそうです。 人間はどんな境遇にあろうとも、自分だけの壷中の天を創りえるものです。 私たちのまわりにも「えっ、この人にこんな趣味があったの」とか、 「こんな奥床しい芸を持っていたのか」とか、 驚かされることがあります。 こうした自分の別天地を持っている人というのは、 いかなる逆境にあろうとも、救われる人です。 音楽、芸術、信念、信仰、こうしたものを持つことによって、 意に満たない俗生活から解放されます。 そうした壷中の天は床しいものです。 ●意中有人● 「意中有人」は、恋人、伴りょに限らず、 何時いかなるときでも間に合う人を知っている、持っているということです。 人生を語り合うにはあの友、病気になったらあの先生、 死んだときにはあの坊さん・・・ 出世して役職について、さて周囲を固めようと思ったが、 自分の手足として動いてくれる人がいなかったということでは、 とうてい事はなしえないものです。 日頃から、意中の人を射止めておくことが大事です。 それから、意中の人は生きている人に限りません。 すでに今は亡き先人もときにインスピレーションを与えてくれるものです。 ●腹中書あり● 先日、安岡先生の高弟であるある財界の老重鎮にお会いしたのですが、 そのときこんなことをおっしゃっていました。 「安岡先生の頭脳はどうなっているのかね。 本当になんでも知っている。一度目を通したものはすべて頭に入っている。 コンピュータ以上だね」 そう感慨深気に話されていました。 確かに安岡先生は、古今東西の万巻の書に通じており、 最先端の情報にも敏感だったようです。 そのとき私は、フトひらめいたのですが、 安岡先生は暗記していたのではないように感じるのです。 これはどうも脳の細胞に情報が刻まれているというものではなく、 その時々で必要な情報を感知するアンテナによって、 先人の発する知恵の波動をキャッチしていると言った方いいのではないか、 この解釈のほうが正しいように思われました。 すぐれた頭脳の持ち主というのは、 先人が残した文献を繙(ひもと)き、読みながら、 実は先人が発している周波数をつかむことに長けた人といえないでしょうか。 この能力を身につけた人は、現実問題に対して、 瞬時に先人の知恵に周波数を合わせ、 解決策を見い出すこともなんなく出来るはずです。 これぞまさに「意中人あり」「腹中書あり」の究極ではないでしょうか。 簡単ですが、私なりに解説させていただきました。 どうぞこの「六中観」を皆さんの生活において、 ぜひとも活用してみてください。 飢えたる者が食を求め、病める者が医薬を求めるように、 わが心を癒してくれる処方せんとして「六中観」は、その病状しだいで、 いくらでも加減ができ、いつどこでも誰にでも効く薬になります。 それぞれの境地にあわせて味わえばいいわけです。 ┃ホーム┃21世紀に伝えたい偉人100┃ |